ふたご座
甘さと冴えと潔さ
愛吟の三条件
今週のふたご座は、『秋暑き汽車に必死の子守唄』(中村汀女)という句のごとし。あるいは、甘さと浅さとを混同せず、きちんと区別していこうとするような星回り。
混雑した列車のなかで、突如泣き出した赤子をなだめすかそうとする母の姿が描きだされた一句。単に黙らそうとするのではなく、今ではあまり聞かなくなった「子守唄」をうたっているところに甘やかなノスタルジーを感じさせます。そしてその一方で、「秋暑き」と「必死」という言葉を巧みに呼応させることで、句全体に妙になまなましいリアリティをもたせる工夫も忘れていません。
かつて八木絵馬という俳人が、「気の利いた観察、嫌味に流れない適度の甘ったるさ、言葉の巧みな駆使、これが此の作者の身上である」と書いていましたが、人口に膾炙し、たくさんの人に愛される句というのは、こうした条件が揃って初めて可能になるものなのでしょう。
この場合の「適度の甘ったるさ」とは、ある種の通俗的な感傷や叙情のことですが、それは表層的でうすっぺらな「浅さ」とは区別されなければなりません。たしかに作者の句は、対象へのやさしさや情が出ている句が多いのですが、同時に精神の冴えや張りもあって、それが作品を支えていることも見て取れるはず。
9月18日に自分自身の星座であるふたご座で形成される下弦の月へと向かっていく今週のあなたもまた、自身のアウトプットに感傷や甘さを含ませることへの抵抗を解除してみるべし。
真似ることに馴れてはいけない
「浅さ」という点において注意しなければならない問題に、誰かの作品にインスパイアされることと真似ることは決定的に違うのだということがあります。
例えば、俳句の世界では師弟関係が強く残っていますが、一方でその弊害をいかに避けるかという問題意識も同じくらい強く、その勘所について俳人の稲畑汀子さんは次のように書いていました。
人の作品の一部を貰ったり、真似事をしたりすることに馴れてしまうのは恐ろしい。自分の発想がたまたまそのようなことに当てはまったならば、それらは潔く捨てなければならないであろう。すでに、これまで作られた俳句は限りなく多いと思う。同じ発想を持つ人はたくさんいるのではないかとも思う。自然に同じ発想の句が出来たなら、それは潔く自分の句帳にだけ残しておくのもいいが、私は自分の句帳からも消して仕舞うのがよいと思っている。(「俳句随想」、2015年8月)
この「潔く捨てなければならない」ということが、誰も見ていないところで実際に出来るかどうかが、今週のふたご座のひとつの分かれ目になっていくことでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
発想が被ったら潔く忘れて消してしまうこと