ふたご座
日課と宇宙
迷宮の中心で
今週のふたご座は、ミシェル・ビュトールの小説『時間割』のごとし。あるいは、アリアドネの糸を紡ぐように文章を編み、また日々の務めを果たしていくような星回り。
この小説の主人公ルヴェルは一年間の長期出張でイギリスのブレストンという都市にやってきたのですが、次第に「脂じみた埃の巨大な沼」と描写されるこの迷宮のような街に飲み込まれ、自分を見失いかけていきます。
すでにこの都市のかずかずの詭計(きけい)がぼくの勇気をすり減らし、窒息させていた、すでにこの都市の病いがぼくを包みこんでいたのだ。(中略)すでにあの日からぼくは理解したのだ、ブレストンとは、城壁や街道の帯ではっきりと区切られ、田野を背景にくっきりと浮かび上がった都市ではなく、霧のなかのランプにも似た、いわば暈(かさ)の中心なのであり、暈の拡(ひろ)がりゆく外縁はほかの都市の外縁と結びついているのだということを。
そんな雨降りの街の中心で、「ぼく」は日記を書き続け、それが本書となって読者はそれを後追い読んでいく訳です。
多くの文章が一本の綱となってこの堆積のなかにとぐろを巻き、五月一日のあの瞬間へとぼくをまっすぐに結びつけている、五月一日のあの瞬間、ぼくはこの綱を綯(な)いはじめたのだ、この文章の綱はアリアドネの糸にあたる、なぜならぼくはいま迷宮のなかにいるのだから、迷宮のなかで道を見いだすためにぼくは書いているのだから。
27日にふたご座から数えて「ルーティンの積み重ね」を意味する6番目のさそり座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、小説内の「ぼく」のように「語り」を通して自分なりの小宇宙を形成していくべし。
魂の軌跡
日記というと、どうしても思い出される人に哲人皇帝マルクス・アウレリウスと、その著書『自省録』があります。これは最盛期のローマ帝国の皇帝であった著者の日記であり、原題が「自分自身に」であるように、激務の傍ら自身の悩みと葛藤、信念と希望とをひたすら自分のために綴っていった備忘録に近いものと言えます。
つまり、起きた事実をそのまま記録したのではなく、自分が為すべき行動の規範やその参考となる考え方(ストア派の哲学など)を書きつけたのであり、彼はそれを宮殿だけでなく北方のゲルマン人による反乱鎮圧のために赴いた遠征の地でも書き継いでいきました。
「これ以上さまよい歩くな。(中略)お前の生の目的に向かって一路急げ」
「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。(中略)生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。」
これはまさに自分の魂の軌跡に限りなく近いものを、死以前に描き出さんとする哲学の実践であり、人生をより手応えのあるものにするテクニックでもあったのでしょう。今週のふたご座もまた、それくらいの重みで「語り」紡いでみるといいかも知れません。
今週のキーワード
思考都市