ふたご座
レイヤーの切り替え
やさしい企て
今週のふたご座は、「向日葵の蕊(しべ)を見るとき海消えし」(芝不器男)という句のごとし。あるいは、ゆっくりと現実の重みが反転していくような星回り。
ついさっきまで久しぶりに見た海に胸をいっぱいにしていたはずなのに、気付いたら今はただ目の前の向日葵(ひまわり)に集中して、花の面(おもて)の蕊ひとつひとつまでをじっくりと見ている。そして作者はそれを「海消えし」と詠んでいるのです。じつに掲句の魅力はこの最後の断言にあります(現実には海は消えるはずはないのだから)。
向日葵はちょうど人間の身の丈ほどの高さで咲き、黒々とした中心部分はさながら人の顔のようでもあります。向日葵の花は太陽の動きを追って花が回るとされますが、果たして作者もそれに合わせて顔を回したのでしょうか。
いずれにせよ、作者は心のすべてを大きな1つの花に支配され、その存在の大きさによって、他の現実をすべからく忘れてしまった。たかだか向日葵1本。海全体の体積に比べたら、それは大河の一滴にも満たないほどです。
それでも、「人生という不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企て」の1つとして、作者はこの句を詠んだのでしょう。
11日から12日にかけて、ふたご座から数えて「忘却という救い」を意味する12番目のおうし座で、下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、忘れられるものなら忘れてしまいたい過去や現実をそっと手放していきたいところ。
詩と自然
例えば詩や猫などもそうですが、この世には合理的にその存在意義が説明できないにも関わらず、「なぜこんなものが?」と思ってしまうくらい人々によって熱烈に大切にされ、愛され続けているものがあります。
そして大抵の場合、そういうものは現実の異なるレイヤーへの入り口だったり、別の世界へ意識を飛ばしていくために巧妙に配置された装置だったりする訳です。
もちろん普段は自分のいる世界にとどまってあくせく働いたりしている訳ですから、そうした日常においてそういうものは特に役に立ちません。しかし、そうして何の役にも立たず、ゆえに視界から遠のいて、透明な存在になっていくものだからこそ、私たちはときにそうした存在によって心を休めたり、ラクに息ができるようになるのかも知れません。
生活に詩や自然が必要な理由というのは、まさにそういうことなんだろうと思いますし、ふたご座のあなたとしては、まず世界にはいろんなレイヤーがあって、そこを行き来しながら自分は生きているんだということを改めて意識していくぐらいがちょうどいいのではないでしょうか。
今週のキーワード
『茶の本』岡倉天心