ふたご座
ままならぬものと相対す
強大な自由と安心な不自由
今週のふたご座は、「双六を三つすすんで絶滅す」(岡田一実)という句のごとし。あるいは、人生のマス目を二つもどってやり直していくような星回り。
双六(すごろく)は、すべてがサイコロのもたらす偶然によって決まるという意味で、大人の都合とか世間の常識とか忖度や駆け引きなどはいっさい通用しませんし、そこでは権力や個性や才覚もまた関係ありません。
一度はじまってしまえば、その運命はマスが決めていきますし、誰であろうといつか必ず終わりがやってくるのです。
そのため、日本の中世では双六打ちと巫女は、ただ純粋に神意を問う者であるという点で似た者同士の職業とされていましたし、サイコロを振ること自体に現代よりずっと神聖な意味合いが与えられていました。
そこでは双六は、単なる気晴らしのための遊び場というより、個人の自由だとか権利といったものよりも重く尊重されるべき神意の宿る場所だったのです。
6月21日にふたご座から数えて「大地を踏みしめる場所」を意味する2番目のかに座の初めで、日食と新月を迎えていく今のあなたもまた、自由の余地を増やし少しでも強大になるべく前進することよりも、不思議と落ち着きと安心をもたらしてくれる不自由にこそ目を向け大切にしていきたいところです。
天下三不如意
『平家物語』には、当時絶対的な権力者であった白河法皇が「鴨川の水、双六の賽、山法師、これぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたという有名な逸話があり、これを「天下三不如意(自分の意のままにならぬもの)」と言いました。
これは本人が双六をやっていなければ絶対に言えない言葉だろうと思われますが、天皇家や貴族と博打とは意外に深い関係にあったものと考えられます。
しかも、こういうことは日本の宮廷だけに限った話ではなく、例えば古代インドの王朝などでも博打がきわめて重要な営みとして見なされていた記録が遺っています。
古代世界において、王とは神に代わってこの世を取り仕切る職能者でしたから、当然のこと自分がどうにもできないものを予め頭に入れておくだけでなく、勘違いしないようにしつつもできるだけ身近において親しんでいた訳です。
これはある意味で今週のふたご座にも必要な態度と言えるでしょう。つまり、自分がどう足掻いても抗えないもの、コントロールできないものにこそ、きちんと向き合って「ままならなさ」の感覚を研いでおくこと。
それはこれからもあなたが人生という双六をサバイバルしていく上で、きっと大事なバランス感覚をもたらしてくれるはずです。
今週のキーワード
落ち着きと安心