ふたご座
いくぞ裏街道
個を掘り下げた先
今週のふたご座は、「み仏を納めし掛を乞ひにけり」(山口燕青)という句のごとし。あるいは、自分という人間の地の部分がぬーっと出てくるような星回り。
俳句には四季折々の季語に写生を織り交ぜていく歳時記的総合作品の方向もあれば、自己の生活を仔細に詠って専門化していく方向もあり、こちらは個を深く掘り下げることで全を暗示していかんとする道。
作者の場合は明らかな後者で、おそらくは仏師なのでしょう。「掛け乞い」とは、年末などに掛売りの代金を取り立てて回ること。
つまり、仏師が得意先に納めた仏像の代金を取り立てに行っている姿を詠んでいる訳で、これは普通の人間からは滅多に生まれて来ない句です。
滑稽味もある。けれどそれ以上に、人生の裏の裏とも云えるものを、何周も回ってきたような目でまっすぐに見つめており、一通りも二通りもできあがった人間にしか醸すことのできない独特の風合いが出ているように思います。
12月3日(火)に「拡大と発展」の木星が約1年ぶりに星座を移り、ふたご座から数えて「心の裏側」を意味する8番目のやぎ座へ入っていく今週のあなたもまた、自分という人間のどうしようもない部分について、目を逸らさずにまっすぐに見つめていくだけの強さが求められていくでしょう。
生イコール死
死後の世界などないと考える人は多いように、人生に裏や影などない、もしくはない方がいいのだと普段私たちは思いがちですが、実際はどうなのでしょうか。
死後の世界や、人生に裏や影が存在すると考える方が、少なくとも私たちは謙虚でいられるように思います。
ここで思い出されるのが、ミヒャエル・エンデの『モモ』のワンシーン。主人公・モモが神のごときマイスター・ホラ(時の司)に向かって、「あなた(時間=生)は死なの?」というまるで禅問答のような問いかけをするのです。マイスター・ホラはそれに対して何と答えたか。いわく、
「もし人間が死とはなにかを知ったら、こわいとは思わなくなるだろうにね。そして死をおそれないようになれば、生きる時間を人間からぬすむようなことは、だれにもできなくなるはずだ。」
この後、モモは死について、
「わたしはこわくない」
と言うのである。ここでのモモは、どこか仏師・燕青とも不思議に重なっていきます。
もちろん、実際にはそこまで一足飛びにはなかなかいきませんが、そうありたいと願うことは決して無駄なことではないでしょう。
今週のキーワード
死を友として