やぎ座
漆黒の音
さあどこへ帰ろうか
今週のやぎ座は、『漆黒の音の聞ゆる遠花火』(米山直昭)という句のごとし。あるいは、ひょっこり遠くへ出かけていっては、また何気ないタイミングで帰ってくるような星回り。
隅田川の花火大会を絶好のロケーションでみんなでワイワイ酒を飲みながら観るというのとはまったく対極にあるような花火体験について詠んだ一句。
例えば、闇に染まった山並みにさえぎられ、花火の光そのものは見えないが、遅れてやってくるにぶい破裂音だけがこちらに聞こえてくるような、どこか静寂さのただよう夏景色を思い浮かべてみてもいいかも知れません。
そしてここで肝心なのは、その音が漆黒であったという感じ方です。人で賑わう花火大会の開催地からはかなり距離を感じさせますから、その長い距離を通るうちに光はすっかり闇に吸収されてしまった。その代わり、一緒に通り抜けてきた音だけがこちらに届いて、そこに通るうちに混じりあってしまった漆黒の闇が含まれていたという訳です。
漆黒の音の背景にあるこの「遠さ」の感じは、遠い過去の残響に耳を澄ませていくというモードへと読者を導いてくれますし、気付けば(あの頃/出来事から)ずいぶん遠くまで来てしまったものだという仕方で、一周まわって現在へと戻るよう促してもくれているように思います。
その意味で、8月5日にやぎ座から数えて「ここではないどこか」を意味する9番目のおとめ座に金星が入ってゆく今週のあなたもまた、掲句のような「遠さ」を感じるような地点まで身を運んでみるといいでしょう。
歩く速度を落としてみる
昔の人はとにかくよく歩いたと言います。個人的にも、子どもの頃に親戚のおばさんの家へ遊びに行った際、ちょっとそこまで花火を見に行こうと言われ気軽な気持ちで付いていったら、なんだかんだと2つの山を越えさせられて、花火を見る頃にはすっかりくたくたになってしまった思い出があります。
おそらく、地図の上で考えれば、実際そんなに大した距離ではなかったはず。ただ、子どもの頃の自分にとってはとてつもない旅であり、山を越えるたびに世界がどんどん変わっていったのをよく覚えています。
それはおそらく、場所から場所への物理的な距離は同じでも、高速移動やハイスピードに慣れ、電車やバスや自動車の速度で物事を感じたり考えたりするのが当たり前になってしまった現代人には見えてこない風景であり、これも「遠さ」なのでしょう。
今週のやぎ座は、タクシーや電車に慣れ親しみがちな私たちにとって、徒歩には徒歩なりの思考のスピード感があるのだということを、どうか思い出してみて下さい。
やぎ座の今週のキーワード
Down to Earth