やぎ座
アンチ・スピードアップ
違和感に気を留める
今週のやぎ座は、『冬ぬくしバターは紙に包まれて』(中村安伸)という句のごとし。あるいは、潜在的な不安要素やそのきな臭さを嗅ぎ分けていこうとするような星回り。
もう冬であるはずのに、今日はなんだかちょっと暖かい。そんなある日の日常をそっと切り取った一句。少し気が早い気もしますが、毎年秋の月見バーガーや秋刀魚の塩焼きくらい定番の「冬」の風物詩を先だって取り入れるなら、まさにぴったりの句ではないでしょうか。
温度が上がると溶けだしてしまうバターが、今はまだ確かな固形として「紙に包まれて」存在している。しかし、「冬ぬくし」とあるように、もういつ溶けだしてもおかしくない。その意味で、この句は豊かな生活感やどこか懐かしい食卓の温もりが詠われているのではなくて、潜在的な不安やなにげない居心地の悪さこそが肝になっている。
したがって、ここでの「バター」とは、すました顔で当たり前のように展開されていく日常生活の中にまぎれた一片の異物な訳です。ただ、そうした不自然さなまでに静謐な佇まいをまとって日常を異化してくれるストレンジャーの存在こそが、日常のマンネリ化や平板化を防いでくれる。ありきたりなパターンから外れた、いきいきとした生活感をもたらしてくれる。
11月1日にやぎ座から数えて「生活実感」を意味する2番目のみずがめ座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな自分の世界にひょいと迷い込んできた異物を敏感に察知していくことになるかも知れません。
そっと歴史を振り返る
歴史学者の松沢裕作によれば、身分制が解体され、制度の上では職業選択も結婚も自由になり、近代国家と資本主義の仕組みも確立した明治時代は、しかし文明開化に前進していく明るい側面ばかりでなく、大変に「生きづらい」世界でもあったのだそうです(『生きづらい明治社会』)。
新しい社会において「不安と競争」に投げ込まれた人々は、貧困に陥るのは自分の努力が足りないからだという道徳観念をさらに強化し、貧困者や弱者に対する冷たい視線を当たり前のものにしていったのです。
それから150年以上が経過し、令和を迎えた今、それにも関わらず、苦しい状況にある人に「がんばれ」「変わらなきゃ」と声をかける私たちは、かつての人々とどこか同じ轍を踏もうとしているのではないでしょうか。
世の中には「あまりの複雑さ、わけのわからなさ」に身ごと翻弄される時がありますし、そうすると自分たちが前代未聞の状況に立ち会っているのだと思い込み、さらなる不安に駆られがちです。こうして時おり歴史を振り返ることは、同じ過ちを犯さないためにも大いに必要な事のように思えます。
今週のやぎ座もまた、少し歩くスピードを落として「果たしてこれでいいのか」と一度いまの自分や周囲の状況を見回してみるといいでしょう。
やぎ座の今週のキーワード
不安を掬い上げる