やぎ座
創造の海を泳ぐ
溶解する花鳥
今週のやぎ座は、伊藤若冲の日本画『雪中錦鶏図』のごとし。あるいは、みずからの手で美しい夢を紡いでいこうとするような星回り。
泉鏡花の神隠し小説『龍潭譚(りゅうたんだん)』の中に、「あまりのうつくしさに恐ろしくなりて」という言葉があります。これは主人公の「われ」が、見渡す限りつつじの咲く山を歩いているくだりで登場するのですが、自分がこの世ではないどこか見知らぬ所を歩いているような錯覚に陥ったか、夢の中にいるような気持ちになったのでしょう。
それは日常を超えた美しさに入り込むことによって起こる、ある種の幻覚体験と言える訳ですが、これは例えば伊藤若冲の日本画『雪中錦鶏図』のような絵で表されているものとも通底するものがあるように思います。
杉の葉の緑に降り積もりつつ、同時に溶けていく雪のなかに2羽の錦鶏(きんけい)が描かれている。そして牡丹の鮮やかな桃色の花のあいだから、今にも飛び立たんばかりの姿勢を見せている錦鶏が、まるで雪が溶けることであいた穴から一瞬垣間見えたかのように、ただならぬ緊張感を放っているのである。
もしこの絵の空間に本当に入り込んでしまったなら、そこには何か身の毛のよだつような恐ろしいドラマが待っている気もする。ただ、目を離した次の瞬間には、雪に空いていた穴はふさがっていて、もう2度と見れないかも知れない。そんな風に感じさせる不思議さがこの絵にはあるのです。
同様に、4月13日にやぎ座から「表現行為」を意味する3番目のうお座で木星と海王星が重なっていく今週のあなたもまた、ひとたび紡げば取返しのつかない形で自分に属することになるアイデアや考えをアウトプットしていくことになるかも知れません。
「その時」はいつだっていい
最初の小説であり映画化もされた『薔薇の名前』を48歳で出版したウンベルト・エーコは決まった執筆のルーティンはないのだと言い、2008年のインタビューでこう答えています。
私は予定どおりに行動することができない。朝7時から夜中の3時まで、途中でサンドイッチを食べるだけで書き続けることもある。かと思うと、まったく書く必要を感じないこともあるんだ
考えてみれば、創造的な仕事をするために、何かしら自分なりのルーティンを確立するべきという思考の枠にとらわれることそのものが、かえって創造的な仕事の邪魔になってしまうことだってあるでしょう。とはいえ、彼は次のようにも答えていました。
今朝、きみは呼び鈴を鳴らしたけど、そのあとエレベータを待たなくちゃいけなかっただろ。だから、きみが到着するまで何秒かあった。私はその何秒かのあいだ、きみを待ちながら、いま書いている新しい作品のことを考えていた。私はトイレでも電車のなかでも仕事ができる。泳いでいるときは、いろいろできるよ。とくに海で泳いでいるときは。風呂にはいっているときは、それほどでもないけど、やっぱり創作活動はできる
今週のやぎ座もまた、インスピレーションが訪れる「その時」がいつ来てもいいように、創造的な活動にいそしむ枠を可能な限りとっぱらっていきたいところです。
やぎ座の今週のキーワード
私は予定通りに行動することができない