かに座
地下に何かある感じ
透明にして無限な亜空間
今週のかに座は、『秋の箱何でも入るが出てこない』(星野早苗)という句のごとし。あるいは、こっそり静かに心境の変化が起きていくような星回り。
秋分をすぎて体感的にも秋が深まってくると、急に空気が澄んで人と人、モノとモノとの距離が一気に広がり、夕闇も濃く深くなる。そんな秋という季節を受けた「秋に箱」という措辞がなんとも尾を引く一句。
おそらく、掲句には背景となる由縁や深い意味がある訳ではなく、ある種のナンセンス句であり、「秋の箱」というのもなんとなくの思い付きでしょう。しかし、これが「夏の箱」ではムッとして暑苦しくて何も入れたい気持ちになりませんし、「春の箱」だと空気感がゆるすぎて、「何でも入る」はともかく、余計なものまでポロリと出てきちゃいそう。逆に「冬の箱」だと空気感が引き締まり過ぎて「何でも入る」ほどの動きはなくなるはず。そうすると、案外掲句の「箱」は「秋の箱」でなければならないのだということが分かってきます。
透明にして、容積は無限大。どこまでも入るけれども、いったん入れてしまえばもう二度とそこからは出られない、この世とあの世のはざまの亜空間。そんな「秋の箱」が、不意に身近に感じられてきてしまう時があったというのです。
それは例えば、住み慣れていたはずの自宅マンションに実は認識していなかった地下階があることに途中で気付いたり、はじめて戸籍謄本を見て親からは知らされていなかった兄弟姉妹がいることに気付いた時などに陥る心境の複雑さとも近いかもしれません。
10月3日にかに座から数えて「動機付け」を意味する4番目のてんびん座で新月(種まき)を迎えていく今週のあなたもまた、そんな「秋の箱」のように、なんだか得体の知れない気分や衝動が入るだけの余地がみずからの内に空いていくことでしょう。
トランスの間の旅
掲句の「秋の箱」は、どことなく縄文時代中期の「蛇神(じゃしん)装飾土器」を思い起こさせます。主に信州や甲州などの山岳地帯から多く出土し、取っ手部分が一目でマムシと分かる三角の頭をもった蛇でつくられたこの縄文土器は、蛇に憑かれた人間たちが日本列島の一部にかつて確かに存在し、集団現象をうむに至っていたことの紛れもない証拠物と言えます。
人間と蛇との関係は人類の起源とともに古く、蛇の中でも毒性の強いマムシの魔性は、人々をしてマムシを山の神ないし神の使いとして崇めさせるに足り、特に聖なる狂気を宿すシャーマンと繋がりがあるものとして畏敬されてきました。ここで国分直一氏の報告にある興味深い示唆を引用しておきたい。
「ヘビ、特に毒蛇は不思議な力を持つとみられている。シャーマンがトランス(催眠状態)の間の旅を通して、地下のヘビに力をもらいうけて帰ってくるという例がある。台湾南部山地のパイワン族が、その持物に猛毒のヘビを彫刻することは、よく知られている」(『南島の古代文化』)
この「ヘビに力をもらいうける」という発想は、おそらく蛇神装飾土器が大量に作られた理由と同一であり、それはかつての日本人が人間の住まう明るい文明的領域の奥に、神霊的な力の宿る暗い地下領域を確かに持っていたことの何よりの証しではないでしょうか。
その意味で、今週のかに座もまた、そうした自分の日常のすぐそばにも暗い地下領域が広がっていることに改めて気づかされていきやすいはず。
かに座の今週のキーワード
精神のブラックホール