かに座
馬脚をあらわす
鏡の奥に垣間見えるもの
今週のかに座は、『鏡立てて春愁に坐すや燕(つばくらめ)』(木村子瓢)という句のごとし。あるいは、一周まわった素直さを発揮していこうとするような星回り。
ひとりの女が化粧をするために、鏡を立ててそれに向かって座っている。しかし、心に憂いがあるためか、手に化粧道具をとることもなく、ただ物思わしげに座っているだけで、外面にはその憂いをいろどるかのように、春の燕が飛んでいるのだという。
考えてみれば、女が化粧をするのは単にしわやくすみを誤魔化するためというより、男を不安にさせるこうした憂いを隠したり、いっときでも忘れるためとも言えるかも知れない。作者はそうした女がしたたかに生きていくための術にリスペクトを払っているからこそ、時おり見せるその素顔に深い共感や愛着を寄せているのでしょう。
いかにも漢詩っぽい洗練された風情で調子を整えてはいますが、掲句にはそんなどこか無骨なまでの“人を思うこころ”が滲み出ているような印象を受けます。ひるがえって、これを読んでいるあなたは普段どんな顔と表情で人と相対しているのでしょうか。
4月13日にかに座から数えて「他者」を意味する7番目のやぎ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、何かを誤魔化すためではなく、素顔を差し出すための術もまたきちんと身につけていきたいところです。
プロセスを完了させていくこと
70年代後半から80年代にかけて、日本にトランスパーソナル心理学を紹介する中心的役割を担い、「伝説のセラピスト」とも呼ばれた吉福伸逸は、既存のセラピーの枠を外した独自のワークを作り上げていきましたが、その中に<無条件の愛のワーク>というものがありました。
これは三人一組となって行われるもので、“無条件の愛”を与える役①と、愛を受け取る役②が向かい合って座り、①は一切言葉を発することなく、相手に“無条件の愛”を伝えるのです。②は、相手の愛が伝わったと心の底から思えたときに①をハグするのですが、そこで③のオブザーバーが①と②が中途半端に妥協していないかたえずチェックするのです。
カウンセラーの向後善之はこのワークについて、「2時間くらいやっているとある瞬間、インターサブジェクティビティ(間主観性)という、主観が行ったり来たりする感じになってくるんです。これはオブザーバーが大事で、つい妥協しちゃうと、吉福さんが飛んできて“また同じことをするのか”とか、嫌なことをいうわけです」とコメントしていますが、また別の方も「簡単そうに思えるけど、自分の心の底まで探っていくと、考えてもいなかったところにいくわけですよ」などとコメントしていました(稲葉小太郎『仏に逢うては仏を殺せ』)。
今週のかに座もまた、それと同じように、素直さのスイッチを入れ直していくことで浮上してくる問題やプロセスと改めて向かい合っていくことになるでしょう。
かに座の今週のキーワード
あえて素顔を差し出す