かに座
背景からの飛び出し
ピタゴラスイッチ
今週のかに座は、『夏シャツや汝(な)が胸張れば釦(ぼたん)飛ぶ』(榮猿丸)という句のごとし。あるいは、あなたも私もモノも並列に配置していこうとするような星回り。
完全なエロ俳句なんですが、不思議といやらしくないのは、題材がエロっぽいのにも関わらずエロ目線ではないからでしょう。「夏シャツや」と呼びかけ注目している対象もあくまで相手の女性ではなく夏シャツですし、「汝が胸張れば」という言い方もどこか目線を突き放していくような距離感を感じさせます。
ここでは人間が主体でそこに夏シャツが不随するのではなく、あくまで「夏シャツ」と「汝」は同じモノ同士として並列で、どこまでも平等な関係にあり、さながらピタゴラスイッチのように、互いのかかわりを通して生まれるリズミカルな律動こそが主体となっているのだと言えます。
作者の目線もその律動にこそ向けられているのであって、もしそこに齟齬や乱れを感じたなら、「汝が胸張る」代わりに「我が身」を介したって構わないし、なんなら我や汝とは無関係にひとりでに釦が飛んでいった方が自然な場合だってあるはず。
同様に、7月14日にかに座から数えて「決定的文脈」を意味する7番目のやぎ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、バラバラな素材をいかに律動的に配置していけるかが問われていくでしょう。
世界の閃き
普段生きられてはいるが、ほとんど明示化されることはない習慣的な動作や、技能と環境のカップリング(相互結合)、あるいは、文化を通して伝承され反復されてきた社会的コンテクスト(いわゆる「型」)などなど。
これらを例えばハイデガーという哲学者は「道具的全体性」と呼び、私たちがなんとなく生きていけるのは、そうした私たちのさまざまな活動を可能にしてもくれれば、制約しもするひとつひとつの道具的存在(例えばごみの分別だとか、来訪者にお茶を出すなど)がみずから目立たず“背景”にとどまることによって機能しているからなのだと述べました。
逆に、そうして機能していた道具が何らかの形で利用不可能になるとき(道具の利用不可能性には①目立つこと、②押しつけがましさ、③手向かってくることの3種類の様式があると考えた)、私たちは日常において背景となって働いていた「世界が在る」という語り得ぬ神秘を垣間見ることになり、それを「世界の閃き」と名づけたのでした。
掲句の場合は①と③に絶妙にまたがっていますが、いずれの場合であれ、もしあなたが「あり得ないことがあり得た」シチュエーションにたまたま置かれたなら、それは普段なら決して語りえないような気分や感覚を言葉や語りに定着させるチャンスなのです。
そして今週のかに座もまた、そうした「閃き」という形でふだん自分が生きている世界の「道具的全体性」を改めて感じとっていくことになるでしょう。
かに座の今週のキーワード
本来なら語り得ぬ神秘であること