かに座
月からこの世を振り返る
近傍他界としての月
今週のかに座は、『薬盗む女やは有(ある)おぼろ月』(与謝蕪村)という句のごとし。あるいは、目に見えない存在にこそリアリティを感じていくような星回り。
「薬盗む女」とは、中国古代の伝説に登場する嫦娥(じょうが)という女性のことで、夫が崑崙山の仙人・西王母からもらい受けた不死の秘薬を盗み出し、それを服用したのち月世界へ昇っていったと伝えられたもので、作者がよく引用していた唐代の詩人たちは、これを月中に孤独をかこつ憂愁の美女として好んで詩に詠み込んでいました。
当然、それは空想上のおとぎ話として受けとるのが一般的なのですが、掲句ではむしろ「そういう女もあるらん」と存在が強調されています。
酔っぱらっているのでもなければ、おそらく「おぼろ月」の妖しい明るさによって、伝説の世界と現実の世界とを区別する意識が薄らいで、さながら自分の目の前に憂愁の仙女が佇んでいるような心持ちになっていたのでしょう。
天界とは、この世から隔絶したはるか彼方の別世界なのではなく、下界とされるこの世と時と条件次第で重なり合って、ほのかに明るく見えてくるような何かなのかも知れません。
その意味で、17日にかに座から数えて「心的基盤」を意味する4番目のてんびん座で満月を迎えたところから始まっていく今週のあなたもまた、いつの間にか自分の心の支えとなっていた存在があぶり出されていきやすいでしょう。
夜風のささやきと共に
かつて「馬は死後何になるか?光の馬になるに決まってる」と言った人がいましたが、これが自分のこととなると、さっぱり分からなくなります。それに、確かに死ねば文句はなくなりますが、死ねないことが問題というか。われわれは醒めても醒めてもなお醒めなければならず、そういう永劫の悪夢の中にポイと放置されているかのようにも思えてくる。
それでも日が暮れて、風が吹き、夜空に浮かぶ月を見上げる頃には、束の間のあいだ精神は記憶の上澄みのように透きとおって、これまで見えていなかったものが見えるようになります。そういう時の、どこかニュートラルで、ごまかしのない眼差し(=‟それ”)が、今週のかに座においては凄味を増して力強く現れてくるでしょう。
いつもなら目の前を素通りさせている現実や、気にも止めていなかった関係性の中に、何か引っかかるものがないか。あるいは、ここのところ忘れていたような長年の疑問をほどくヒントがあたりに転がっていないか。するどく、はげしく、心のままに、問うてみてください。
かに座の今週のキーワード
他界からのまなざし