かに座
まなざしを研ぎ澄ます
スーパーフラット!
今週のかに座は、『源氏物語絵巻』などの王朝絵巻のごとし。すなわち、すべてをフラットに見据えていこうとするような星回り。
平安時代以降のやまと絵に見られるような、天井を描かず、斜め上空から室内の登場人物や彼らが織りなす出来事をのぞき見ているかのように描く方法を「吹抜屋台技法」と呼ぶそうです。
この技法で描かれた絵巻物を右から左に見ていくと、視線が空間の中をどこまでもフラットに水平移動していくのですが、次第にこうしたパースペクティブのあり方こそが、日本の物語性を成立させていたのだということが分かってきます。
つまり、始まりも終わりも曖昧で、どこからでも話を始められる。そこにはバーチャルとリアルとが混在しながら同じ平面に存在していて、富める者と貧しい者、生者と死者、あるものとありつつあるものとが一緒になって踊っていく。それが日本的な「現世(うつしよ)」観であり、この場合の「うつ」は移動の「移」であり、写真の「写」であり、映像の「映」でもある訳です。
これは客観視とか俯瞰というのとも違っていて、この角度から見ていくとすごいものが見えるよ、という一種の「見立て」であり、俳句や和歌や盆栽や庭も、そこから生まれてきているのではないでしょうか。
11月1日にかに座から数えて「場所に縛られない自由」を意味する11番目のおうし座にある天王星の真向かいに太陽が巡り、否応なく意識がそこへ向けられていく今週のあなたもまた、みずからの人生をたえず移ろい続ける絵巻物に見立てていくことで何らかの希望をひらいていくことができるはず。
ふたつの宇宙の中に同時に生きる
ギリシャ人が「モイラ」と呼んだ運命は、乙女としての満ちていく三日月、多産な妻としての満月、老女としての不吉な新月といった月の満ち欠けの三位相の象徴であると同時に、運命の糸を紡ぐクロト、その糸の長さを測るラケシス、そして糸を断ち切るアトロポスという三人の女神として表象され、しかも神々でさえも彼女たちに縛られているのだと言います。
つまり、ギリシャ人にとっての「運命」とは、今日一般にイメージされるような個人の人生という限られたスケールに留まらず、この世のあらゆるものが彼女たちの編み込んだ縦糸と横糸という空間と時間の配列に支配されているのであり、その法則に背いた者がいれば彼女たちはたちまち「正義の使者」となって調整および復讐が果たされたのです。
その意味で、いわゆる「運命の赤い糸」とは血塗られた呪縛に他ならず、いのちの重みをもって交わされた厳格な約束事としてのニュアンスが込められていたのだとも言えます。
そして、現代人があくまでひとつの宇宙の中で暮らしているのだとすれば、中世日本人や古代ギリシャ人たちというのは大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)という互いに対応しあうふたつの宇宙を自然に結びつけながら生きており、例えば自分の身体に現れた湿疹や熱などの症状などもみな、大宇宙の影響によるものと考えられていました。
今日の社会では何かよからぬことが起きても「自己責任」として、あくまで当の個人の努力の不足や不注意などにその原因が求められ、おいそれと社会のせい世の中のせいと言えない空気が支配していますが、今週はひとつあなたも彼ら中世日本人や古代ギリシャ人になったつもりで、おのれの生きる物語を大いに社会の仕組みや世の中の潮流と結びつけていきましょう。
今週のキーワード
占星術的まなざし