おひつじ座
根源詩
来て止まる瞬間
今週のおひつじ座は、『夏草に汽罐車の車輪来て止る』(山口誓子)という句のごとし。あるいは、余計なものをそぎ落とし無心に近づいていこうとするような星回り。
「汽罐車」は蒸気機関車のこと。大阪駅構内の写生ということですが、夏草が生えているところを見ると、人気もないような構内のはずれもはずれなのでしょう。
速度をゆるめつつ、大きな車輪がギギギギギギギギギと音を立てながら、ゆっくりゆっくりとまわって、やがて鉄さびに茶色く染まった線路脇でピタリと止まった。フシゥゥゥゥと蒸気を吐きだし、照りつける真夏の日差しを浴びた鋼鉄の力動的運動体がまるで一個の生命としての働きを終えるかのように、夏草の寸前で、すなわち死と生の接するギリギリのラインで停止するのである。
ここでは動と静、生と死とがスレスレのところまで接近していく息づまるような瞬間が、17文字の簡素な詩形によって見事に切り取られています。
作者はある座談会の席で、季語とか季題というのは<根源>へと通じる門であるから大切にしようという旨の発言をしているのですが(『俳句』昭和29年2月号)、では根源とは何か?自身でも「正体の判らないもの」と言うばかりでいま一つ判然としません。
おそらく根源とは、眼の前の物の本質、物の存在そのものがすっと入ってくるような開かれた無心の状態のことであり、日ごろ頭で下しているああでもないこうでもないといった判断がすべからく剥落したところで初めて開けてくる境地なのではないでしょうか。
その意味で、7月28日におひつじ座から数えて「等身大」を意味する2番目のおうし座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、だんだんあたまを空っぽにしていくべし。
利休の大胆不敵
今週のおひつじ座は、利休のつくった究極の茶室のごとし。あるいは、少なさや狭さを通して豊かさを感じ直していくような星回り。
20世紀の建築家ミース・ファン・デル・ローエが提唱した「less is more(少ないことこそより豊か)」という考え方は、すでに茶道の四畳半のうちに起源を見出すことができますが、この四畳半のもととなったのは、13世紀の鴨長明の『方丈記』で、これはできるだけものを持たず、ひっそりと暮らすことに美学を見いだした最初の書物でした。
ミースの考えはときに「less is bore(少ないことは退屈)」などと揶揄されもしましたが、何もない小さな空間こそ、何にも代えがたいほど豊かであるという感覚は、その前後に大きな空間や、ものがたくさんあるという経験との比較に基づく相対的な感覚なのかもしれません。
千利休は「less is more」をさらに一歩推し進め、四畳半ならぬ二畳の茶室をつくってしまいました。そこは狭いばかりでなく、真っ黒に塗りつぶされ、完全に壁に囲まれた密室であり、まさにブラックホールのような空間です。
これは空間に極限の狭さを与えることで内面的には無限をつくり出すという、究極の相対感覚効果を狙った作品となっている訳ですが、これもまた<根源>に至る門の一つと言えるでしょう。今週のおひつじ座もまた、自分なりの仕方で根源詩を書きつけていきたいところです。
おひつじ座の今週のキーワード
日常的判断が剥落するところ