みずがめ座
広い海へとこぎ出していくこと
安藤昌益の「もれる」
今週のみずがめ座は、「もれる」社会へ向けての一歩のごとし。あるいは、「貧しさ」の問題に自分事として向き合っていこうとするような星回り。
日本で貧困ということが取り沙汰されるとき、それは国や自治体が対応すべき社会問題であるという意識がいまだ根強いように思いますが、それはもはや普通の人々の暮らしの外側で起きている訳ではないということに、気付き始めている人も少なくないはず。
ここでいう「貧困」とは、ただ年収や生活レベルなど経済的な問題に限らず、子どもへの虐待にせよ、高齢者の孤立にしろ、すぐ横にいる問題を抱えた他者の困難を知りえない、関心を持てないという状況そのものが、日々の暮らしから政治や経済を遠ざけている構造を生んでいることを指しているのですが、例えば、文化人類学者の松村圭一郎は『くらしのアナキズム』の中で、自身のフィールドワーク経験から次のように述べています。
目を見てあいさつを交わすような、人が人として対面する状況では、他人の問題がたんなる他人事ではすませられなくなる。そこでいやおうなく生じる感情が、人を何らかの行為へと導く。嫌悪感やうしろめたさを含め、つねに感情的な交わりの回路が維持されていることが、ともに困難に対処するきっかけになりうる。
歴史家の藤原辰史が『縁食論』の中で、安藤昌益の「もれる」という概念に注目している。(…)他人の問題がつねにもれでている。だから、それぞれが手にした富を独り占めすることも難しくなり、必要な人へともれだしていく。富が独占されず、他人の困難が共有されるためには、問題が個人や家庭だけに押し付けられ、閉じ込められてはいけない。
日本でよく耳にする「他人に迷惑をかけてはいけない」という言葉。エチオピアの人びとのふるまいを見ていると、その言葉が、いかに「もれ」を否定し、抑圧してきたのかがわかる。人間は他人に迷惑も、喜びも、悲しみも怒りも、いろんなものを与え、受け取って生きている。それをまず肯定することが「もれる」社会への一歩だ。
4月9日にみずがめ座から数えて「受発信」を意味する3番目のおひつじ座で新月(皆既日食)を迎えていく今週のあなたもまた、貧しさときちんと向き合うためにも、日常の些細なコミュニケーションの中で、そうした「もれ」を促してみるといいかも知れません。
孤島を結ぶ
例えば、言い間違いや過ちとも取れる行為や失敗というのは、それ単体のみを見ている限りは、さながら絶海の孤島のように広い海にポツンと取り残された無用の長物や悔恨の種でしかないかも知れません。
ただし、もし私たちが航行する術を学んで、ひとつひとつの過ちや失敗としての孤島を舟で結んでいくことができれば、それは新たな星座を地上に描き出していくための貴重なきっかけとなっていくはず。
カリブ海の詩人たちは、どこに生まれようと、ついには群島的な出自を持つにいたる。それぞれの故郷である固有の島にたいする生得的な帰属は、あるとき、より広汎で接続的な、カリブ海島嶼(とうしょ)地域全体にたいする帰属意識へと置き換えられる。そして彼らの住み処はこの多島海、この群島全体にひろがってゆく。(今福龍太、『群島—世界論』)
今週のみずがめ座もまた、そうした「多島海」的な帰属意識を、自身のまわりにいかに作りだしていけるかということがテーマとなっていくでしょう。
みずがめ座の今週のキーワード
自分だけはもう傷つきたくないという孤島意識