みずがめ座
歴史との接続と飛躍
決定的瞬間の写し絵
今週のみずがめ座は、「白服にてゆるく橋越す思春期らし」(金子兜太)というのごとし。あるいは、未来と過去とがあざやかに交錯していくような星回り。
白い服をきた若者はいかにも清々しく、力強く、それでいてどこか軽やかさを備えているものですが、掲句の少年(少女)はそうしたドラマやCMで記号化されている若者の姿からいささか外れているようです。
「ゆるく橋越す」とは、おそらく重い足取りで、気だるそうに歩行しているのでしょう。作者はたまたまそんな姿の少年(少女)を目に留め、とっさに作者のこころは自らの「思春期」のころに飛んでいった。
橋の上にほかに人影はなく、じりじりと照りつける太陽に、内面に差す影の濃さを想う。ああ、自分にもずっと昔に、こんな時があった。ひょっとしたら、彼(彼女)は自分以上の辛酸をなめているのだろうか。なあに、君にはまだ未来がある。きっと乗り切れるさ。
それは時間にすれば一瞬の交錯だったはずですが、作者はのちに日中の邂逅を思い出し、句にしたためることで、少年(少女)の未来を後押ししようとしたのかも知れません。
7月2日にみずがめ座から数えて「行き交い」を意味する3番目のおひつじ座で下弦の月を迎えていくあなたもまた、そうした交錯を流してしまうことなく思いを乗せていきたいところです。
敗者の記憶と繋がっていく
土地の記憶というのは、しばしばそこに眠る敗者の記憶が強く作用しているように感じることがあります。
そして、そこに訪れた人が、自分は日の当たらない世界に属し、幾多の悲哀や挫折の末にそれでも生き永らえている「敗者」であるという自覚を持っているとき、自然とそうした敗者の記憶と感応し、土地に根を張っていくことができるのかも知れません。
ただ、どうしても「敗者」と言ってしまうと、聞こえが悪いというか、積極的に同調したいとは思わないでしょう。
しかし、敗者というのは時の運によって、その時たまたま思いを現実化できなかった人たちのことであり、それを受け継ぐということは、彼らの後押しを受けるということでもあるのです。
むしろ、どこにも勝者がいないようなゲームに延々と参加させられているような昨今の時代状況においては、そうした繋がりのなかで生きていくことの方が、むしろきわめて自然体に近いのではないか。そんな風にも思います。
みずがめ座の今週のキーワード
過去と現在の二重写し