みずがめ座
大いなる呼吸に入る
根本原理としての「空気」
今週のみずがめ座は、空気の哲学者アナクシメネスのごとし。あるいは、これからの社会を動かしていく原理原則の可能性に思いを馳せていくような星回り。
ソクラテス以前の哲学者たちは、この世界を「神」というチート概念なしで統一的・総合的に理解するための出発点を抽象的なものではなく、「火」や「水」など日常経験しうるもののうちに見出そうとしましたが、紀元前6世紀に生きたアナクシメネスはそれは「空気」だと考えました。
空気はまず希薄さと濃密さによってその在り方が変化していきます。希薄になると火になりますが、濃密になると風になり、ついで雲になり、さらに濃密になると水になり、それから地となると。そして、その他のものはすべてこれらのものから生ずると。
空気は水に対する火のように、特定のはっきりとした対立物を持たない中間的性質を有し、私たちの周囲にあまねく無限に広がっています。アナクシメネスにとって空気はものみなに生命活動を与える原理としての「魂」でもあり、大宇宙と小宇宙とが対応しているさまについて次のようにも述べていました。
空気である私たちの魂が、私たちをしっかりと掌握しているのと同じように、気息と空気が宇宙を包み囲んでいる
ここで彼が言う「空気としての魂」というのは、霊魂のような神秘的な実体の詩的な表現ではなく、おそらく自主的な知的原理としての呼吸やそれに連動する精神活動であり、アナクシメネスはその可能性の大きさに気が付いていたのでしょう。
22日に“自分自身”の星座であるみずがめ座の始まりで木星と土星の大会合が起きていく今のあなたもまた、習慣的に“空気を読む”ばかりではなくて、時代の空気について考え、積極的に先取りしていきたいところです。
中空にかえる
ユング心理学者の河合隼雄は「日本社会というのは心理的には中空構造で、中心には何もない」のだと喝破してみせました。
しかしこの「中空」という奴は「空気としての魂」同様、極めてつかまえにくく、何もない“ナッシング(無)”や“ボイド(空白)”かと思えば、社会と繋がって現に存在している以上“ビーイング(在る)”であり、またそこから何がしかが有意義なものが生まれてきたり、湧いてきたりする“ビカミング(成る)”でもあるのです。
例えば、日本社会のなかに何かしら特定の現象のオリジナルや絶対的震源地を探し求めてみても、唯一の原典だとか、確固とした人物の言葉だとか、そういう実体的なエビデンスというのはまず出てきません。どこかで必ず、お湯につかったようにふやけてしまうのです。そしてそれはいくら時代が変わっても、変わらずに在り続けるものの一つでしょう。
今週のみずがめ座は、そんな不可思議な中空構造に、今後どんな空気が吹き込まれていくのか、またそこでいかに呼吸していくべきか、改めて全身で感じてみるといいでしょう。
今週のキーワード
気息と空気の連動