みずがめ座
風景をズラしていく
異常と日常の取り合わせ
今週のみずがめ座は、「病む人の景色を春のバス通る」(田島健一)という句のごとし。あるいは一見、異常のものをごく当たり前のものとして付き合っていくような星回り。
病いや病人というのは、しのごの言わずともそれ自体ですでに重い存在感を放っており、もしかするとこちらもその重力のようなものに引きずられてしまいかねない。
掲句では、そうした非日常的な事態の脇を、バスが春のうららかな日常のシンボルとなって通り抜けていく。
どこかあっけらかんとして、ほんのり明るい、どこまでも普通の句だ。
けれど、鋭く本質に迫るような緊張感や、思わずうなるような神業よりも、力の抜けた‟普通さ”こそが欲しくなる時というのはあるもので、それは今のみずがめ座の率直な願いでもあるのではないだろうか。
10日にみずがめ座から数えて「本心での願い」を意味する8番目のサインであるおとめ座で満月を迎え、同じタイミングで水星が順行に戻っていく今週は、あなたが取り戻すべき心の平穏やそのためにどれだけの手助けが必要なのかを、はっきり明確に打ち出していきたいところ。
影を引きずっていく
人間というものはすべて、どんなに洗練されているように見えても、必ずどこかに太古的なものを引きずっており、したがって醜悪で不気味な暗い影が差しているものです。
そうした側面をふとした拍子に垣間見せられた者は、わざわざ知ったかぶって暴きたてるような野暮な真似までしないものの、受け止めきれずに一方的な価値判断を加えてみたり、自分が見た悪夢を打ち消そうと完全な明るさに満ちた別の像を夢見ていく傾向にあります。それこそ終わりなき屈折と錯覚の始まりなのだと言えるのではないでしょうか。
心にはまだ発達可能な太古的無意識の「残り」がありますが、それがどれだけの規模なのかは、誰にも分かりません。
人はなぜ理性的でないのか。善のみ行わず悪を為すのか。愚行を繰り返し、最善の意図を見失うのか。そして、なぜどこまでも自分に満足できないのか。
今週のみずがめ座は、改めてこうした問いに立ち返っていく意志を問われていくことでしょう。
今週のキーワード
強さと脆さのはざまで