おとめ座
かりそめの共同体
「自惚れに対する素晴らしき発見」
今週のおとめ座は、「小さな鐘」としてのカンパネッラのごとし。あるいは、自分を愛するということが、そのまま誰かと共に在り、響きあっていくということでもあるような。そんな在り方に開かれていくような星回り。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の主人公で貧しい少年ジョバンニが敬愛する人物として、カムパネルラという名前の少年が出てきます。彼は溺れた友人を救うために死んでしまうのですが、ジョバンニは彼とともに銀河鉄道に乗って宇宙旅行をしていくのです。
ここで思い起こされるのは、ルネサンス期に生きた同じ名前の哲学僧トンマーゾ・カンパネッラです。彼は学生時代にはガリレオと交友があったそうですが、何と言っても近世ユートピア思想の先駆である『太陽の都』(1623)の作者として知られています。
カンパネッラは、地球も星も宇宙もすべて感覚を有していると見なすとともに、そのなかに住む人間がいかに卑小であるかを説き、人間の慢心を戒めているのですが、例えば『自惚れに対する素晴らしき発見』という詩には次のようにあります。
自惚れは信じやすき人間をして、万物も星もそれらがわれらより強く美しきものにも拘わらず、感覚も愛も有せざるものと信じさせ、ただわれらのためにのみ回転すと信じさせり
さらに、われら以外のものはすべて野蛮で無知にして、神はわれらのみを眺め給うと信じさせ、かつまた、神は僧職にあるもののみを救うと信じさせしめり。かくして、各人はただ自己のみを愛するに至れり
宮沢賢治は熱心な日蓮宗徒でもありましたから、こうしたカンパネッラのきびしい自己批判にも少なからず感化されたのでしょう。なお、カンパネッラとはイタリア語で「小さな鐘」を意味する言葉ですが、その慎ましい響きも含めて、作者の宮沢賢治もまた、実際にカンパネッラという名の人物に敬愛の念を抱いていたのかも知れません。
3月20日におとめ座から数えて「共生」を意味する8番目のおひつじ座で春分(太陽のおひつじ座入り)を迎えていく今週のあなたもまた、宮沢賢治やカンパネッラのような宇宙感覚や生命感覚のなかに、家族や共同体の未来を見出していきたいところです。
野暮の転化
哲学者の九鬼周造は、江戸時代における男女の色恋関係の根底に「いき」という美学を見出し、それを「媚態」に加えて武士道の「意気地」と仏教の「諦め」の3点の組み合わせの妙として分析し、より端的に「垢抜けして張りのある色っぽさ」と表現しました。
例えば、江戸っ子がソバにちょっとしたツユしかつけないのと一緒で、人間関係においても相手が大事であればあるほど、あえてがっつかないし、満喫しない。それが「いき」というものでした。
これは言い換えれば、ゲームとしての寸止めを楽しむということでもあって、その意味では純愛をあくまで通そうとするのは野暮な行為なのであって、エロスがチラつく関係にありながら、そこにはまり切らない関係を結んでいくことこそが「いき」なのだとも言えるかも知れません。
同様に、今週のおとめ座もまた、みずからの力を誇示するかのような下品な仕方ではなく、散りゆく花びらのような上品なはかなさを伴う仕方で、他者とのかりそめの縁を結んでいくことがテーマとなっていくでしょう。
おとめ座の今週のキーワード
共同体にもっと「垢抜けして張りのある色っぽさ」を