おとめ座
歴史とキャッチボール
武田泰淳の敗戦体験
今週のおとめ座は、不意に浮かんでくる「滅亡」という言葉のよう。あるいは、「自分たちは滅亡するかも知れない」という意識を日常に打ち込んでいこうとするような星回り。
作家の武田泰淳は、日本が戦争に負けて数日たった頃、周りがロシア人や中国人ばかりの上海のフランス租界にドイツ系ユダヤ人の女性と同棲していた友人宅を訪ねた先で直面したある体験について、次のように書き残しています。
神経質に部屋を歩きまわっていたドイツ女は「悪い月よ、早く去れ」と英語でいう。私と友人は気まずそうに顔見合わすばかりである。(…)何故ならば、今や我々は罪人であるからだ。世界によって裁かれる罪人であるからだ。その意識に反芻するため、私たちは苦笑し、から元気をつける。そして、歓喜の祝典からのけものにされた同士が、冷たいしずけさ、すべての日常的な正しさを見失った自分たちだけのしずけさの裡に、何とかすがりつく観念を考えている。するとポカリと浮かび上がってきたのは「滅亡」という言葉であった。
とはいえ、武田自身も言及しているように、滅亡を考えるとは、みじめったらしい舌打ちにも似た「ひねくれであり、羨望であり、嫉妬」に他ならなかった訳ですが、それでも「日本の国土にアトム弾がただ二発だけしか落とされなかったこと、そのために生き残っていること、それが日本人の出発の条件なのである」と言い切ってみせたのです。
5月20日におとめ座から数えて「アイデンティティ・クライシス」を意味する9番目のおうし座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、そうした60年以上前に提起された問題意識を、いかに自分なりに受け止め、継承していけるかということが問われていくでしょう。
歴史性をもつということ
歴史的にも全的滅亡の体験がずっと深い中国に比べれば、日本のそれは「ごく部分的な滅亡」にすぎなかった訳ですが、それでもすべての文化、とりわけ宗教的な救いを含んだそれの母となって、それまで自分たちとは無縁のものであった「巨大な時間と空間」とを瞬間的にとりもどさせた、すなわち歴史性を持ったのだと言えます。
人類レベルの危機がもはやこれ以上無視できないレベルで増大している今、日本社会に必要なのは、そうした歴史的な、大なる眼で見たときの「自分たちは滅亡するかも知れない」という意識の深さや鋭さなのかも知れません。
そして、「歴史性をもつ」ということは、ある種のキャッチボールのようなものであって、過去と現在の一方だけに長くボールが留まることのないよう、受け取ったら投げ返すのが作法と言えます。したがって、滅亡するかもしれないと悟ったら、過去の危機を振り返らねばならないし、過去をよくよく鑑みたら、それを現代に置き換えて危機を回避する糸口を探さねばならない。
今週のおとめ座もまた、ずっしりと重い手ごたえのボールを投げ返すべく、まずは自分や社会に対する率直さを取り戻していくことがテーマとなっていきそうです。
おとめ座の今週のキーワード
大きな弧を描いて投げ返す