おとめ座
魔を祓う
湿り気を帯びた誘惑
今週のおとめ座は、『金星をゆらし春風来たりけり』(五島高資)という句のごとし。あるいは、ふわっとやってきた魔のものと対峙していこうとするような星回り。
金星をゆらして春風がやって来つつあるのだ、というどこか童話チックな一句。しかし実際、今週は太陽に先がけて金星が春分点から始まるおひつじ座へと入っていきます。
ルネサンス期の占星術家フィチーノは、金星を熱・冷・湿・乾というカテゴリーにおいて「湿」すなわち潤った性質をもち、魂が闇、悦び、美へと没頭するように誘惑をしかけてくるものと定義し、その誘惑にのった人間は、肉体や大地の“秘所”に対する暗い感嘆を漏らすようになるのだと述べていました。
また、それは単に狂騒的なものでも夢想的なものでもなく、潤んだ金星の作用を浴びた魂は、ヴィーナスグリーンに染まったファンタジーの中のまっただ中で「自分の泉はどこか?」「自分は何者か?どこへ行くのか?」を問うようになるのだと。
つまり、変に潔癖ぶって、金星的な地上の悦びを無理に抑えこもうとするのでなく、しっかりと金星の恩恵を受けつつも、その魔を祓っていくにはどうしたらいいのかを探求していくことになる。それこそが、ボッティチェリの絵画の題にもなった「春」という季節の神秘的本質なのだと、フィチーノは考えていたのです。
その意味で、2月20日におとめ座から数えて「到来」を意味する7番目のうお座で新月を迎えていく今週は、あなたがどこまで正気を保っていられるかが試されるタイミングになっていくかも知れません。
妨げさせず、妨げず
春の過剰な金星は、仏教的には「魔事」と言えるでしょう。これは悪魔の行う事柄のことで、仏道の妨げになるとされ、特に誰かが死んだときに成仏するのを妨げると考えられていたようです。
だとすれば、ボッティチェリの『春』もまた、次々と迫りくる悪魔たちを前に、なんとか心頭滅却せんとしている菩提樹の下のブッダの心象風景に近いものを描いた作品としても解釈していくことができるはず。
のちに仏教では、来世の吉祥を願うため,あるいは死者の来世での吉祥を願い、供養としてお寺にお経を書き写した紙を納める「納経」が行われるようになりましたが、これも魔をしりぞけるには、「誰かのため」に心から動いていくことこそが最も肝要なのだということなのかも知れません。
その意味で、今週のおとめ座もまた、誰かの道行きが妨げられないことを願って、今の自分にできる限りのことをしてあげるといいでしょう。
おとめ座の今週のキーワード
好事魔多し