おうし座
純粋過去の救い出し
マドレーヌの味
今週のおうし座は、プルーストにおける「コンブレの町」のごとし。あるいは、現実の再創造を経験していくような星回り。
プルーストの一大長編小説『失われた時を求めて』は、主人公がかつてそこに生き、暮らしたコンブレーの町を舞台に展開されていきます。より厳密には、ある日物語の語り手が、一さじ掬った紅茶に浸した一片のマドレーヌを口にしたのをきっかけに、その味覚から幼少期に夏の休暇を過ごしたコンブレーの記憶が鮮やかに蘇ってくるという体験を契機に、少しずつ少しずつ時間をかけて再創造されていくのです。
つまり、その渦中で現に生きていたはずなのに、逆にあまりの間近さゆえに見失い、経験できていなかった町のリアリティに出会い直し、そこで初めて生を獲得していく。この点について、哲学者ドゥルーズは次のような言い方で言及しています。
コンブレは、かつて生きられたためしがない光輝のなかで、まさにそうした純粋過去として再び出現する(ドゥルーズ『差異と反復』)
この「純粋過去」とは、どこかに沈積している「現に生きられた瞬間」のことであり、プルーストにとって小説とは、突然の稲光のように、闇の中から露光してくる魔術的生起によって「過去の印象を取り戻す」ための装置だったのです。
11日から12日にかけて、自分自身の星座であるおうし座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、文芸であれ料理であれ何であれ、単にそれっぽい過去を反復するのではなく、当時でさえ十分に感じとれていなかった感覚や感情を不意に取り戻していくことができるかも知れません。
水の音
例えば、松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」というあまりにも有名な句を読むたびに、切断による連続の生成、宇宙的な特異点の発生、無執着な生存などといった、俳句と禅仏教に通底する思想的な主題が見事に語り尽くされているように感じられます。
これぐらい見事にすべてを出しきられてしまうと、あたりはすっかり静かに、すがすがしくなってしまう。二の句が継げなくなるのです。しかし、それでもしばらく経てば、やはりだんだんと声があがりはじめ、その声は自然とかつての古池の響きとどこかでつながっていく。
かように、ここで自分のすべてを出しきったと思うくらいの経験をしても、なんなく続いていってしまう一方で、やはりそこで何かが決定的に変わっていくのがこの世界、ないし生というものの特徴なのです。
今週のおうし座もまた、そんな自らの生の切断と連続の両方を、確かな強度をもって感じとっていくことができるでしょう。
今週のキーワード
突然の稲妻