さそり座
のたりのたり
やさしさに包まれて
今週のさそり座は、『春の海終日のたりのたりかな』(与謝蕪村)という句のごとし。あるいは、忙しなさや生産性の文脈の反対側へと振り切れていこうとするような星回り。
おだやかな春の海。作者はそんな海へとやってきて、「終日(ひねもす)」つまり一日中遊びに没頭していたのだという。
おそらく、風らしい風も吹かず、沖はかすんでいて、そのかすみはなんなら渚に立っている作者をも包むかのよう。大きな波も立たず、海全体がどこか物憂く、しずかで、寄せては返す波までも、どこか子守歌のようだったのかも知れません。そう、まるで作者はここではるかな子宮の中へと回帰しているような印象さえ受けます。
「のたりのたり」は「のたる」という言葉を重ねてつくったオノマトペですが、この「のたる」には這いまわる、のたうちまわる、うねっているなどの意味があり、先の印象に引っ張られて、胎児というのはこんな風に世界に包まれているのかな、などとつい想像してしまいます。しかし、そうした妄想は別としても、これほど春の海の感じをあらわすのに適した言葉はないように思えます。
人生にはこうした、自分を包んでくれるような大いなるものに触れたり、つながったりする瞬間が時にどうしても必要になってくるはず。その意味で、3月25日にさそり座から数えて「自分を超えた大いなるもの」を意味する12番目のてんびん座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、どこかで1日くらいは「のたりのたり」と過ごしてみるといいでしょう。
昼寝あとの浮遊感
数学者の岡潔は『春宵十話』のなかで、「乾いた苔が水を吸うように学問を受け入れるのがよい頭といえる」と述べていましたが、ここで思い出すのは昼寝後に覚える感覚です。
あのうたた寝から醒めた後の、なんともいえない不思議で静かな感じを抱いた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
あたりがしんとしていて、何の音もしない。まるで天地の間に我一人だけが在り、孤独とも違う、寂寥(せきりょう)というのでもない、この宇宙の中に自分だけポツーンと置かれているような幽閑とした浮遊感。
そしてしばらくすると、家の外からかすかにリズミカルな物音が聞こえてきて、少しホッとするのと同時に、あの不思議な感じは煙のようにどこかへ消えてしまう。
今週のさそり座もまた、そんなふうに独り天地と一体化する感覚を通して、日常の束縛からふっと逃れ出ていく中で、無意識を大いに耕していきたいところです。
さそり座の今週のキーワード
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