さそり座
永遠のこどもと蛇
身など固めずともよい
今週のさそり座は、「穴惑ひ生きる日溜まりやはりなし」(つぶやく堂やんま)という句のごとし。あるいは、誰もが忘れてしまった細胞の底力をそっと花開かせていくような星回り。
「穴惑い」とは、冬眠すべく仲間はみなどこかしら穴に入ってしまったのに、いつまでも地上を徘徊している蛇のこと。
「やはり」という一語に孤独な気配が忍び寄るが、深刻にはなりきらず、どこか軽快で小気味いいのはなぜだろうか。
一定の年齢になると、社会は口々に「そろそろ身を固めたら」と圧力をかけてくるし、多くの人はそれをどこかで受け入れて身を落ち着かせていく。
けれど、どこの世界にも「みんなと同じ」ができないはみ出し者が出てくる訳で、冒頭の句ではどこか作者が蛇にもそんな心情を重ねているようにも思える。
「はみ出したって明るく元気に生きていけるのだ!」と能天気に言い放っているのではない。
あくまで身を固めきれず、それでも生きていく。
それをこうした句にのせることで、そういう自分ならそういう自分として生きていこうという感慨として、浮かび上がってくるような感じがしてくるから不思議だ。
細胞は死なない
蛇といえばシンボリズムの世界では不老不死や輪廻の象徴でもあるが、ここでひとつ「生物」の基本に立ち返ってみると、生物学者の池田清彦氏いわく
「私たちは、『なぜ生物はみな死ぬのだろうか』と疑問に思っている。ところがこれは大間違いで、生物は基本的に死なない」(『初歩から学ぶ生物学』)
のだそうです。
「死ぬのは人間の個体であり、人間にも細胞レベルでは死なないものがある」
と。
そうすると、冒頭の句の味わいも少し変わってくる。
自分のどこかに殺しても殺し切れない部分があるのならば、「やはり」自分くらいはまだ身を固めず、やりたいことをやりたいようにやればいいじゃないかと、自分に言い聞かせているようにも思えてくる。
いずれにせよ今週は、世間の持ち出す基準や「当たり前」などに振り回されず、蛇のごとくわが道を行ってください。
今週のキーワード
穴惑い