さそり座
相互間入的ということ
「彼に対抗して」
今週のさそり座は、アダムに対するエバのごとし。あるいは、愛するものに対して然るべき立ち位置に立っていこうとするような星回り。
ヘブライ神話によれば人類初のカップルであるアダムとエバのいきさつについて、次のように語られている。
「主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」」
この後、神はアダムのあばら骨からエバを造る訳ですが、そもそもアダムという名は「土」を意味するアダマーから取られており、二人のあいだに優劣や上下などはなかったのではないだろうか。
そして、何より注目すべきは、「彼のために、ふさわしい」の箇所は原文を厳密に訳すと「彼に向き合って」「彼に対抗して」という意味となること。
愛する二人の関係については、よく互いに見つめ合うのではなく、並んで同じものを見るとよいなどとおも言われるが、ユダヤの古典においては、相手の正面に立つべきとされているのだ。そこでは何が見えてくるか。それは相手の背後であり、死角であり、視界から欠けている領域が見えてくるし、必要があれば相手にそれを知らせることもできる。
7日に太陽のあるおうし座と自分自身の星座であるさそり座とのあいだで、満月が起きていく今週のあなたもまた、どうすればより実りある「助け手」となれるかが問われていきそうだ。
目に瞳が宿るとき
ダルマに限らず、目に瞳が宿るときというのは、誰かに決定的に見つけられたときであり、それは即ちそうした相手や存在を自分も「見つける」ことができたときだろう。
たとえば、前田普羅(ふら)のこんな句。
「人来ればおどろきおつる桐の花」
ここでは何ら特別なイベントが起きている訳ではないし、何かが新たにつくり出されているのでもない。けれど、作者が背の高い「桐の花」の正面に立ったことで植物が人間化され、それと同時に人間も植物化されて、人間と非人間がお互いの存在に相互貫入している。
耳や目が「通路」となって、お互いの存在の奥の方へ浸透しあい、一体化していくことで瞳が見開き、ダルマが出来上がっている。
あなたもまた、あなたが驚くことのできるような存在を、周囲に見つけ向きあっていくことです。
今週のキーワード
媚びより喧嘩を売ろう