
いて座
自己分裂の焔

生存戦略の奥行き
今週のいて座は、マラーノ文学者のごとし。あるいは、自身が思いがけず抱えたマイノリティ性を改めて受け止め、打ち出し直していこうとするような星回り。
「マラーノ」とは、ほんらい隠れユダヤ人への蔑称(「豚」の意)でしたが、文学者の四方田犬彦はこの語を「ひとが本来の出自を社会的に隠して生き延びねばならぬ状況一般」に用いて、在日朝鮮人や被差別部落出身者など、みずからの出自を偽って展開した言説を「マラーノ文学」と名づけました。
例えば、戦後の日本の芸能史におけるマラーノ的状況について、「立原立秋は生涯にわたって強引に日本人たろうと努力し、朝鮮という出自を過度に虚構化した。一方、寺山修司は日本人でありながらも、みずからの出自を告白するために、逆説的に朝鮮人という虚構を借り受けなければならなかった」などと述べつつ、「どの詩人と小説家も出自に対して異なった態度を示しており、そのひとつをして典型として採用したり、安易なモデル化を行うことは慎まなければならない」のだとも忠告していました。
彼らはいずれも世界のシステムが旧から新へと大きく移り変わっていく混乱を、活動の背景に持っていたように思いますが、現代の日本社会もまた、ますますマラーノ的な状況を生きざるを得ない人やそういう人間と接触する機会が増えてきているように思います。
2月6日にいて座から数えて「謎」を意味する9番目のしし座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、自身が孕んでいる矛盾や葛藤をどれだけ深めていけるか、ということが少なからずテーマとなっていくことでしょう。
自分自身の旅人
例えば、フェルディナンド・ペソアという詩人は、南アフリカで育った後、20歳ぐらいの時に父の祖国であるポルトガルに帰り、リスボンの貿易会社で手紙の翻訳などをして地味な生涯を終えたといいます。
ここで大事なことは、彼はもともとはもっぱら英語でものを書き、大学入試の際には英語のエッセイで最優秀賞を取るほどだったにも関わらず、ポルトガルに帰ってからはポルトガル語だけで書いたということ。これは彼がただバイリンガルであるということ以上に、ふたつの異なった言語を持つことでペソアが自身のアイデンティティを成立させていったということを暗に示しています。おそらく、ペソアはそこで自分自身が引き裂かれていくのを感じつつも、同時にそこに何らかの解放を感じていったのではないでしょうか。
私は自分自身の旅人/そよ風のなかに音楽を聞く
私のさまよえる魂も/ひとつの旅の音楽
私とは、わたしとわたし自身とのあいだのこの間である
今週のいて座もまた、他ならぬ自分自身が私のなかを通りすぎてゆくのを感じていくようなところがあるでしょう。
いて座の今週のキーワード
「宇宙のように 複数であれ」(ペソア)





