うお座
遠い記憶にさそわれて
寂しいけれどホッとする
今週のうお座は、ヒーリングアートとしての「誰もいない部屋」のごとし。あるいは、人間のいなくなかった世界をとぼとぼと彷徨っていくような星回り。
歌川広重の『名所江戸百景』には、人間が誰もいない室内を描いた絵がいくつかあるのですが、例えば、品川の岡場所(色町)を舞台にした「月の岬」という絵があります。
絵の真ん中、空間のほとんどを占めているのは、2階の座敷席に広がるどこか茫漠とした畳。そして、その向こう側に広がっているのは大きな月に照らされた海、そして地平線に浮かぶ無数の船影。
そこだけ見れば、まるで山水画のような静謐(せいひつ)なたたずまいなのですが、部屋の隅に目をこらすと、とっくり、おちょこ、箸、食べかけのさしみ、タバコ入れ、三味線、扇などが雑然と置かれており、障子には遊女の影が半分だけ描かれている。宴席が終わったあとか、途中か。いずれにせよ、絵の中には誰も登場せず、過ぎ去った時間と存在の痕跡だけがなまめかしく残されている。
じっとこの絵を見つめていると、宴席の時空が月によって突如切り裂かれ、そこにいた人びとはみんな海の彼方の別世界へと飛ばされていったようにも見えてくる。そして、誰もいない部屋の景色というのは確かに寂しいけれど、一方で、空の彼方へとつながっているような、底が抜けたような解放感にも満ちていて、ボーっと眺めているだけで心が癒されてくるような感じがします。
9月7日にうお座から数えて「安寧」を意味する4番目のふたご座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、緊張を解いて心から安堵できるような時間や空間にできるだけ身を置いていくべし。
世阿弥の『融』
旅の僧が東国から都にきて、六畳の河原に源融(とおる)の邸の跡をたずねる。河原の左大臣とも呼ばれた風流人の融は、和歌に伝え聞いた東北の塩竃の風景をそっくりみずからの庭園で再現させていたのだという。
今やすっかり荒廃し、誰もいなくなった邸跡で、僧は潮汲みの老人に扮した融の霊に出会う。「秋は半ば、身はすでに老い重なりて、もろ白髪」。月の光がこうこうと記憶の中の光景を照らすなか、失われた場所への恋慕のことばが紡がれる。
「忘れて年を経しものを、またいにしへに返る波の」。そう融の霊はつぶやくと、遠い記憶にさそわれるように、あでやかな結びの舞へと入っていった。
今週のうお座もまた、そんな融の霊のように、むかし懐かしいゆかりの土地や相手を訪ねてみるといいかも知れません。
うお座の今週のキーワード
月は太古の記憶を呼び覚ます