うお座
エロスと魔法
距離感の問題
今週のうお座は、「くちびるに湯豆腐触れぬ吹きをれば」(榮猿丸)という句のごとし。あるいは、思いがけず距離感の魔法をかけていくような星回り。
ふーって吹いたら、触っちゃった、あっちち。という、言ってみればそれだけの句。でもそこには作者の視線が繊細にはりめぐらされていて、その密度が、その近さが、とにかくエロいのだ。
詠まれている内容自体は本当に些細なことだけど、そういう相手の日常の細部さえも見落とさずに拾い上げるには、単に資質や能力の問題以上に、対象への愛情がなければとてもできない芸当だろう。
愛情と言ってしまうとどこか抽象的だけれど、それは先に述べたように、相手の体温が感じられるくらい間近な距離まで接近していこうとする意志に基いているように思う。
逆に言えば、自分と愛情にまつわることが遠い世界観で生きていれば、どうしても人は殺伐としてきたり、愛情表現も極端になったり暴走しがちになってくる。
大きな声よりもかすかな囁き声の方がかえって伝えたい言葉が相手の脳に染み渡るように、今週は愛すべき対象と自分とが近い世界観で生きていきたいところです。
遊女化する
14世紀以前の日本では、遊女は遍歴する職能民として、聖なるもの、すなわち人の力をこえた神仏との結びつきをもった高貴な存在として社会の中で位置づけられていました。
そこでは「好色」もひとつの芸能であり、神仏にささげられた舞や歌と同じようなものとして捉えられていたようです。
逆に言えば、神仏とのつながりを断たれた頃から、遊女は男の穢れをうける、穢れた存在(ビッチ)となっていったのだと言えるかもしれません。
つまり、本来の遊女(≠ビッチ)とは、大抵の人が自分を守る為に張りめぐらせている固い「殻」を脱ぎ棄てさせ、エロやロマンを媒介にして、人々を自己解放させていった宗教者でもあった訳です。
今週は、そんな風に遊女化する自分を演じてみるのもいいかもしれません。
今週のキーワード
愛の技化