てんびん座
人間中心主義をずらす
ふぞろいのトマトたち
今週のてんびん座は、『虹立つやとりどり熟れしトマト園』(石田波郷)という句のごとし。あるいは、不気味な不自然さを日常から取り払っていこうとするような星回り。
雨が降ったあとなのでしょう。にわか雨だったのかも知れません。いずれにせよ、艶やかな虹色のしたにトマトの赤の配色が鮮烈な印象をもたらす一句。
「とりどり」とあるので、形や大きさの違うふぞろいのトマトが、それぞれに雨しずくをまとって輝いている様子が伝わってきます。じつはトマトは雨に当たると皮が割れてしまいやすく、最近のトマト農家はほとんどビニールハウスの中でトマトを栽培しているのだとか。おそらく、作者がこの句を詠んだ時代は、消費者も大らかで、生産する側としてもそこまで気をまわしていなかったのだと思います。
現代では、むしろ形がきれいで、大きさも一定のものがパッケージされていなければ商品として売れなくなってしまっていますが、考えてみれば自然界においてこれほど不自然な話もありません。
また、多少傷がついていたり、皮が少し破れているくらいが、十分に成長して熟れた証しなのだということは人間世界にも通底してくるはず。昨今のように経歴の穴だったり、悪評がないことを基準に人の善し悪しが論じられるような世の中では、本当の意味での「成熟」の機会はますます減っていく一方でしょうし、おのずと文化というものもまた衰えていくのではないでしょうか。
7月28日にてんびん座から数えて「破れ目」を意味する8番目のおうし座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、破れてもいい、傷ついていても、「とりどり」の眺めをこそ肯定していきたいところです。
「やさしい」とはいかなることか
画家であり作家、そして障害者運動と動物の権利運動の担い手であるスナウラ・テイラーは、『荷を引く獣たち―動物の解放と障害者の解放―』のなかで、「種を超えたケア」ということについて語っています。
いわく、これまで語る声を持たないとされてきた犬や鳥や牛たちは、じつはその振る舞いを通して多くのことを語っており、人間はむしろそうした声に意図的に注意を払わず、つまりケアすることをしないで、しばしば彼らを劣悪な環境において、搾取してきたのではないか、と。
こうしたテイラーの主張の根本にあるのは、自然は人間が思っているよりずっと相互扶助的なものであり、それにまだ人間側が十分に気付けていないだけなのではないか、ということです。
もちろん、自然の世界にも競争はあるでしょう。けれど、すべての生物は互いに物質やエネルギーを与えたり受け取ったりしながら、相互に依存して生きているのであり、かつてホッブスが人間の自然状態を「万人の万人に対する競争」と定義したほどに、弱肉強食は自然の絶対的な本質ではありえないのではないでしょうか。
今週のてんびん座もまた、少しでもそうした固定観念から脱け出し、「やさしさ」の概念を書き換えていきたいところです。
てんびん座の今週のキーワード
自然の本質としての利他行