てんびん座
放心と哲学
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今週のてんびん座は、『天覆ふ鰯雲あり放心す』(山口誓子)という句のごとし。あるいは、巨大な休符をみずからに付していくような星回り。
秋の空といわれて多くの人の心に浮かぶのは、やはりうろこ状をなした鰯雲が夕日でところどころ照らされながら、どこまでも広がっている光景でしょう。
網のような、砂浜ような、あるいは花のような…。秋の空が描いてみせる幾何学的構成を眺めているうちに、すべての思考、あらゆる感情を一瞬捨て去って、放心している。
仕事の目標のことも、親の老後のことも、健康のことも、妻子のことや友人関係のことも、すべて頭脳からスーッと飛び去るままにまかせ、天の構成にひたりきっていく。「放心す」という下五には、そうして地上のなまなましい人間であることをやめて、自身も「鰯雲」の一部とならんとする、作者の鮮明にして大胆な存在の捉え方の妙がよく表現されているように思います。
とはいえ、そんな風に「放心」していたのは時間にしてものの数分だったはず。日常の荒波のなかでは無きに等しいかのような“ほんの一瞬”であり、公的な記録などには書き記されることもない出来事なわけですが、間違いなく作者の実存にとっては欠くことのできない一瞬だったのではないでしょうか。
9月7日にてんびん座から数えて「神殿」を意味する9番目のふたご座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな風にみずからの精神に垂直的な地平を加えていくような時間を大切にしていくべし。
虚しさから逃げないこと
現代社会はいま自己啓発の大量消費へと向かっていますが、それは裏を返せば、現代人が「自分には何もない」という虚しさを深く抱えていることの証左でしょう。
より高い能力、より大きな成功へと人々を駆り立てていく自己啓発の言葉は、ほとんど例外なく、より深く自分自身を探っていくことを奨励しますが、社会の流動性がこれだけ高まり、ますます生き残り競争が激化している中でそうしたダイブを促せば、自分に確かな価値や強みを見出すというより、むしろいかに自分が矮小でつまらない人間であるかということを痛感する方がより自然であるはず。
そもそも自己啓発は、それを構築するロジックを「信じる」ことを人に要請しますが、「自分には何もない」ことにうすうす気付いている人ほど、まともに考えることを放棄して信じ込もうとするのではないでしょうか。その方が、自らの価値や他者との繋がりを実感していくのに「役立つ」からです。
こうした不安と虚しさのスパイラルは、働き方がより曖昧になり、AIが本格的に人間から仕事を奪っていくようになる近い将来へ向けて、ますます深く大きなものになっていきます。そして、そこから抜け出していくための鍵は、結局「自分こそが正しい」という思い込みを否定し、自分の外側に広がる真実に目を開いていくことにあるのではないでしょうか。
今週のてんびん座もまた、今の自分が置かれている文脈において「哲学する」とはどういうことなのかを問うていくことがテーマとなっていきそうです。
てんびん座の今週のキーワード
自己啓発から哲学へ