てんびん座
冷厳たる現実と向きあう
究極のさみしさとの差分
今週のてんびん座は、『山ざくら石の寂しさ極まりぬ』(加藤楸邨)という句のごとし。あるいは、自分が生きているという実感の基準を思い定めていこうとするような星回り。
華やかなソメイヨシノとは違って、どこかしみじみとした情趣のある山桜が咲く頃に、人気のない山奥に冷え冷えと取り残されたままの石。その石はいったいそこで何を思うのか。これは人間の孤独よりさらに深い、永遠の孤独を詠った一句でしょう。
逆に言えば、ほんの一時の有限の命に過ぎない人間は、どこで誰と何をしようが、どんなに孤独な状況にあろうが、掲句の放置された石ほど究極のさみしさには達し得ないわけで。その意味で、作者は石と向き合うことを通して自身の内側にあるさみしさの程をはかり、究極のさみしさとの差分によって救われようとしていたのかも知れません。
そもそも、詩歌の本質にあるのは「さみしさ」において他になく、悦びや怒り、楽しさや悲しさといったさまざまな感情もまた、「さみしさ」との差分において浮かび上がってくる星座のようなものとも言えるのではないでしょうか。
20日にてんびん座から数えて「向きあうべきもの」を意味する7番目のおひつじ座で新月(日蝕)を迎えていく今週のあなたもまた、掲句の「石」のごときものを自分なりに追い求めていくべし。
星は優しく静かに人を試す
天文民俗学者の野尻抱影(のじりほうえい)は、かつて原爆忌に寄せた文章の中で、「人間が異常な事件に遭遇した時に、いつも感じるのは、月や星が冷厳なことである」と述べ、個人的な経験として「私も娘が亡くなった前夜、四方空襲の火の空で、いつもと変わりなく輝いている星に強い憤りを感じた」と書いています。
地上のことなどお構いなしとも言わんばかりに、空が澄みわたってさえいれば、そこには必ず月がけろりと浮かんでくる。星は無情なり。しかし、それは星がこちらに都合よくその顔を変化させたり、過保護な親のように甘やかし、追従してくれないというだけで、星はいつも変わらぬ調子で囁きかけてくれているのではないでしょうか。
だからこそ、星は思い通りにならぬことの中にも、受け取り学ぶべき事柄があり、そこにいままで見えていなかった豊かな世界が広がっていることを、いつも静かに教えてくれているのだと思います。
今週のてんびん座は、そうした星の冷厳や石の孤独と向きあっていけるだけの成熟を、自分が果たして持ち得ているか否かが、図らずも浮き彫りになっていくことでしょう。
てんびん座の今週のキーワード
星無情