てんびん座
青き葉と窓の赤
闇の底に立つということ
今週のてんびん座は、『青き葉も落ちくる不思議月のあと』(宇佐美魚目)という句のごとし。あるいは、突き抜けた領域までクールダウンさせていこうとするような星回り。
「月のあと」とは月の通過したあとのこと。新月の時は月は太陽と同じ方向にあり、朝に東から昇って夕方に西の空に沈んでいきますから、そのあとは夜空には深い闇だけが残っていきます。掲句ではそんな真っ暗な空から、どこからか1枚の青い木の葉が舞い落ちてきて、見えない月から舞い落ちてきたのだろうかと不思議がっているというのです。
なぜそう思ったのかと言えば、木の葉の色は「緑」であるはずなのに、実際に目にした木の葉が「青」かったから。例えば太陽の光というのは最も波長の長い赤色系の光で、海であれば水面下数十メートルくらいの比較的浅いところで吸収されてしまいますが、最も波長の短い青色系の光である月光は数百メートルくらいとかなり深いところまで浸透します。後者は「有光層(トワイライト・ゾーン)」と呼ばれ、これがちょうど月夜の暗さ、月の世界であり、掲句の「青き葉」が落ちてきた作者の立ち位置というのも、海に置き換えればちょうど月光さえ届かなくなった有光層より深い深海領域や海底にあたります。
これは逆に言えば、普通なら不安や恐れですぐに耐えきれなくなるはずの闇の底でじっと息をこらしていられたからこそ、ただの葉っぱがさながら発光魚のように青白く光って見えたわけで、それは言わばきわめて精神の研ぎ澄まされた状態にあるのだと言えます。
9月26日に自分自身の星座であるてんびん座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、最高にひんやりとした精神の領域へ自身を鎮めていくことがテーマとなっていくでしょう。
魂の邂逅
現代におけるロマン主義を体現した作家であったアンドレ・ブルトンには、『ナジャ』という自伝小説があります。それは文字通り、自身のことを「ナジャ」と名乗った女との偶然の出会いから始まった交際の記録を、自動記述で思いのままに書き綴った作品でした。
「ほら、あそこのあの窓ね?今はほかの窓と同じように暗いでしょ。でもよく見てて。あと一分もすると明かりがついて、赤くなるわ」一分が過ぎた。窓に明かりがついた。なるほど、赤いカーテンがかかっていた。
こうしてブルトンはナジャに戸惑いつつも、急速にのめりこんでいきました。彼は女に質問する。「あなたは一体何者ですか?」。すると彼女は答える。「あたしは、さまよえる魂なのよ」。
彼女は夢遊病者のようでもあり、また現実世界を無限的神話世界に変容させる魔女のようでもあり、彼以外の男たちにとっては娼婦であったのに、ブルトンにとってはナジャは肉体を欠いた中性的=霊的存在であり続けました。結果的に彼らは破綻を迎えるのですが、『ナジャ』の末尾に書かれた「美とは痙攣的なものだろう、さもなくば存在しないだろう」という一節を鑑みるに、2人にとって別れは必然でもあったのでしょう。
今週のてんびん座もまた、ブルトンよろしく、調和でも永遠でもない、一時的な関わりのなかにひとつの美を見いだしていくことができるかも知れません。
てんびん座の今週のキーワード
現実の神話化