しし座
役立たずになってみる
精神科医としての北杜夫
今週のしし座は、森の獣たちの気配を察する人間のごとし。あるいは、自分とは根本的に立場を異にする相手に対し、忍耐強く波長を合わせていこうとするような星回り。
作家であり精神科医でもあった北杜夫の『どくとるマンボウ医局記』(1993)は、彼の医師としての人間観察眼の鋭さや精神医療に対する真摯な態度が見て取れる名エッセイ集ですが、その中に精神科病院の畳敷きの大部屋を訪れる際の次のような描写があります。
その頃から、私は大部屋に入るときは白衣を脱ぐことにした。白衣を着ていると、やはり権威である医者が来たと思われて、それまで話しあったり独語をもらしていた者たちが、ぴたりと押し黙ってしまうことが多い。あたかもそれは、森の中で戯れたり鳴いていたりしていた獣や小鳥たちが、人間が来たというので急に静かになるのと同様であった。
私は白衣を丸めて枕にして寝そべり、患者たちと同じ姿勢をとる。しばらくは静かなままである。だが、やがて深い森は息を吹きかえす。こちらではごくわずかであった独語が、次第に虻の羽音ほどに高まってくる。あちらでは意味の掴めないおしゃべりが始まる。獣も鳥たちも、私を自分らの同類と認めてくれたのだ。
ここで森の獣や鳥たちに喩えられている精神科の入院患者たちは、確かに普通の日常的なコミュニケーションは成立しにくい代わりに、発する気配やムードには異常に鋭敏だったり、立ち姿や足音だけでこちらの意図を鋭く見抜いてしまったりします。ただ、それにしても、ここに書かれたことを実際にやってみせるのはかなりの根気強さが必要となるはず。
11月1日にしし座から数えて「能動的な関わり」を意味する7番目のみずがめ座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、それくらい鋭くも慎重に空気を読み、気配を察していきたいところです。
心との弱い関わり方
ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に、アリスが木の上のチェシャ猫に道をたずねる有名な場面があります。
アリス:すみませんが、私はどちらに行ったらよいか教えていただけませんか。
チェシャ猫:そりゃ、おまえがどこへ行きたいと思っているかによるね。
アリス:どこだってかまわないんですけど
チェシャ猫:それなら、どっちに行ってもいいさ。
アリス;どこかに着きさえすれば…
チェシャ猫:そりゃ、きっと着くさ。着くまで歩けばの話だけど。
(河合祥一郎訳)
7歳の迷子の少女に対するものとしては、一見まったく取り付く島のない冷たい返答のように思いますが、あまりに真っ当に答えようとすると逆にナンセンスに変貌して笑いを誘うといういい例でしょう。あるいは、もしかしたらチェシャ猫はアリスが本当は自分のしたいことがはっきりしていないのを見抜いていたのかも知れません。
その状態で親切に道案内するなど、お節介を焼いてしまえば、アリスの内発的な"したいこと”の現われをかえって妨げていたでしょう。説明もせず、言い訳もせず、笑いだけを残して消えるくらいの弱い関わり方が、アリスというまだ物事のかすかな萌しのような存在にとっては、ちょうど良かったのでしょう。
今週のしし座もまた、現実をその本来のやわらかさそのままに受け止めていくことに精を出していくことがテーマとなっていくはず。
しし座の今週のキーワード
笑うチェシャ猫