しし座
無から浮かんでは沈む音のように
もの吸う穴たち
今週のしし座は、『蟻の列吸はるるやうに穴の中』(柿本麗子)という句のごとし。あるいは、知らず知らず自分を左右してきた隠れた衝動がそっと顕在化していくような星回り。
普通なら、蟻が穴の中に入っていくものとばかり考えてしまうところですが、そこを穴の方が蟻を吸い込んでいるのだと見立てた一句。
するとただの穴が、他の生きものを吸い込み呑みこんでしまう妖怪のような存在に感じられてくるから不思議です。おそらく、この「穴」は日常の片隅でそっと地を這う「蟻」だけでなく、お金や時間、感情など、人間の周囲に在るさまざまなものもまた吸い込んでいくはず。
もしかしたら、この「穴」とは人間ならば誰しもが抱えているような、意識の奥底にぽっかりと空いた「心の穴」なのかも知れません。同じものを単に好奇心と呼ぶ人もいれば、破壊衝動とか、子宮回帰願望と言う人もいるはず。いずれにせよ、人間には秩序を好みそれを創り出そうとする心性があると同時に、無秩序を愛し、無へ帰ろうとする心性もあり、前者だけでなく後者もまた、人生を通じて少しずつ現実に浸透していっては、ある日唐突に顔を見せたりするものなのではないでしょうか。
その意味で、6月21日にしし座から数えて「見えない場所」を意味する12番目のかに座に太陽が入る夏至を迎えていく今週のあなたもまた、不意にそうした自分の心の穴を覗き込んでいくことになるかも知れません。
西洋音楽に対するインド音楽
西洋音楽の基礎を築いたバッハやグレゴリア聖歌のように、西洋の芸術というのはひとつひとつの音や意味を片っ端から組織して秩序化してしまおうとするところがありますが、その点、インドのラーガ音楽は異なった音を同時に重ね合わせるハーモニー(和音)という考え方がなく、何もない「無」からほわーんと音が浮かんできて、まるで多島海のように一個一個が独立してそこに置かれていく印象を受けます。
そうして音がどこかからか浮かびあがってきては、また沈み込むように消えていく訳ですが、一方でわたしたちは、常日頃からいったん獲得した意味や文脈を失うまいと、残らず橋をかけては陸につなげ、そうすることでますます欲望は増し執着も深まっていきます。
その点、今のあなたはラーガ音楽のような在り方に自分を重ねていくことで、それとは逆のベクトルへと自らを促していこうとしているはず。つまり、自分の個性やキャリア・実績といったものを「無」のなかに投げ込んでいくことで、これまで獲得したものを惜しげもなくデリートしては、足元にぽっかりと空いた「穴」への通路を開いていくのです。
今週のしし座は、目に見えるモノや分かりやすいこの世の関わりのもっと根元にあるものへとすっかりおのれを溶かし込んでいくイメージを大切にされてみるといいでしょう。
しし座の今週のキーワード
板子一枚下は地獄