しし座
いくつかの<私>
流れゆくいのち
今週のしし座は、「死を怖れざりしはむかし老の春」(富安風生)という句のごとし。あるいは、いのちの使い方に思いを馳せていくような星回り。
作者が数え年で92になった年に詠まれた句。若い時期はともかく、年老いた今は死が怖いという率直な気持ちがこめられているのでしょう。
しかし、若い時期は若い時期なりの恐怖はあります。事実、作者も20代で喀血し、職を辞して結核の療養生活を送り、死を強く意識していたはずです。ただ、その死への恐怖と戦うだけの強い意志もみなぎっていたということなのかも知れません。
翻って、いまはもう季節に春がめぐってくるように、みずからの命運もあるがままに任せられるようになった。それでも、やはり死は怖い。掲句には、そうした虚飾を捨てた素朴な心情が、かつての自分やその思い出とともに湛えられている訳です。
2つの大戦を生き延びた作者は、この句を詠んだ2年後に死去し、主催していた俳句結社「若葉」もまた教え子に継承されていきました。
18日にしし座から数えて「深い実感」を意味する2番目のおとめ座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、継承されていくいのちの流れと共におのれを感じていくことができるはず。
もう一人の<私>としての「ムーンリバー」
ときどき、この世界の現実の何もかもが夢なんじゃないか、そんなふうに思えてくることはないでしょうか。けれど、そんな時に見上げた夜空に浮かぶ月を見ていると、そのあまりの生々しさに打たれて、これだけは間違いなくリアルなんじゃないかと思えてくる。他の何もかもが信じられなくても、これだけは信じてもいいのかも知れないと。
「ムーンリバー」を作詞したジョニー・マーサーも、おそらくはそんな感覚を思い浮かべながら歌詞を書いたのでしょう。曲の出だしを抜粋すると、
Moon river,wider than a mile(ムーン・リバー、この広く果てしない川よ)
I’m crossing you in style some day(いつの日か、あなたを颯爽と渡ってみせる)
Oh,dream maker ,you heart breaker(ああ夢を見させもすれば、心を砕きもする)
Whereever you’re going I’m going your way(あなたが行くところならどこへでも、私はついて行く)
ここには世の中の基準や、頭で意味づけられる以前のナマの世界に生きているもう1人の<私>として「ムーン・リバー」が登場してきているように思えますし、それは掲句の作者のいたった「老いの春」の心境にもどこか通じるところがあるように感じます。
そして今週のしし座もまた、自分にとってのムーン・リバーと静かに、しかし力強く向き合っていけるかがテーマとなっていくでしょう。
しし座の今週のキーワード
<私>の複数性を生きる