しし座
突き動かされてナンボ
脱・孤立主義
今週のしし座は、包囲する「光のネットワーク」のごとし。あるいは、個人として閉じるのではなく、個人と集合の境界を開いていこうとするような星回り。
光というのはまず光の発生源からの放射される光線としてある訳ですが、この時点ではカメレオンでもない限り放射光を利用することはできません。放射光が環境の表面から表面へと終わることなく跳ね返りつづけ、環境中が散乱する光によって埋めつくされて、交差する光線の集まるところが幾つも幾つもできるとき、私たちはそこで初めて環境が「照明」されていると感じ、それは「光のネットワーク」に包囲されているのだとも言えます。
アメリカの心理学者ジェームズ・ギブスンは、そうして「照明」という事実を「光の集まりの束とその集合」として考えることで、「見る」ということが、ひとりの知覚者に限られた1回きりの出来事として起こり、他の誰にも共有できないことだという常識を打ち破ろうとしました。
つまり、「見え」の根拠は私たちの眼や頭の中にあるのではなくて、照明の構造の方にこそあって、私たちはその中を動き回ってそこにあらわれる情報を探ることで、他者といつでも知覚や意味を共有できる可能性が、これまでも永続的に残されてきたのだと。
同様に、3月10日にしし座から数えて「協力関係」を意味する11番目のふたご座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、自分が参加することを今もなお待っていてくれている何らかのネットワークや情報の引き出し先に改めて繋がっていくこと、そこに開かれていくことがテーマとなっていくでしょう。
<外部の主語>を持ってくる
例えば映画『2001年宇宙の旅』において、400年前のアフリカで起きたサルからヒトへの進化を助長する役割を果たした「モノリス」は、もともとラテン語とギリシャ語に由来した「一枚岩」の意味で、ストーンサークルや古神道における磐座(いわくら)信仰などとも関連してくる代物でした。
京都の鞍馬山の奥の院・魔王尊も、650万年前に地球霊王たる魔王尊が降り立ったとされる磐座信仰の聖地ですが、聖別される場所(聖地)には当然選ばれるだけの理由があって、それは磐座だけでなく、そばを流れる川や湧き水、薬草、地質、地形、植生などなど、様々な点と点が繋がりあうことで、『風の谷のナウシカ』に出てくる腐海の底のように、深い深い循環システムを持っていたのです。
モノリス=聖なる一枚岩というのは、あくまでそうした循環システムを稼働させていくための「意志」の発動のシンボルであり、言わばスイッチのような役割を果たしていたのだと言えます。人間、頭で考えたからって何かを始められる訳じゃないんですよね。どこかから「意志」つまり<外部の主語>を持ってきて、そこから行為が始まっていく。今週のしし座でのテーマでもある「ネットワークに繋がっていく」というのは、そういうことでもあるのではないでしょうか。
しし座の今週のキーワード
生き方としてのディープエコロジー