しし座
詩的であるということ
独立自全の一事実
今週のしし座は、西田幾多郎の「物我(ぶつが)相忘れ、天地唯嚠喨(りゅうりょう)たる一楽声のみなるが如く」という一節のごとし。あるいは、実体験のなかで思考と身体が一つになっていくような星回り。
哲学の本は小難しいばかりで何を言っているのかよく分からないし、意味のない呪文のようなもの、と人は言う。しかし、呪文を熱心に唱えたことのある人ならば、呪文の効用は実際の響きのなかで初めて感じられてくるものだということもよく知っているでしよう。
例えば、難解で知られる西田幾多郎の『善の研究』もまた、音読してみればただ黙読しただけの時と次第に受け取る印象や実感がどんどん変わってくるはずです。
「直接経験の上においてはただ独立自全の一事実があるのみである、見る主観もなければ見らるる客観もない。あたかも我々が美妙なる音楽に心を奪はれ、物我(ぶつが)相忘れ、天地ただ嚠喨(りゅうりょう)たる一楽声のみなるが如く、これ刹那いわゆる真実在が現前している」
概念というより、音の響きの中に、光景が現われるのが感じられてくる時、そこには西田が日本海の砂浜を歩いた際に聞いた松林の風の音や、砂浜に坐って聞く波の音もまた聞こえてくるのではないでしょうか。
8日にしし座から数えて「腑に落ちる場所」を意味する2番目のおとめ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、頭で考えたことではなく、身体が反応したことを通して、自分にとって必要な言葉を見極めていくべし。
スイッチを入れる
旧約聖書の『創世記』の冒頭には「光あれ(Let there be light)」と神が言った、という有名な下りがあります。この一言は、原初の渾然一体を揺さぶり、その根本からかき乱してしまう危険分子であったがゆえに、放たれた一言に対する生々しい反応をさそいだすことに成功し、それに続く新たな世界に活力を与えていく大きな原動力となっていきました。
ことほどさように、新たな現実を自分の手で切り開いていくためには、あなたが考えうる限りの切実さで最初の一言を発していかなければなりません。
けっして過激な訳ではなくても、技巧的に稚拙であったとしても、そこに自分自身の根底で感じていること、自分にとってもっとも大切なものへの思いを置いていくことができたとき、あたかもその一言があなたを内側から照らし出す照明のスイッチを入れるように、世界の見え方が根本から変わってくるはず。
今週は、ひとつそんなつもりでみずからのミクロコスモス(身体)から世界を照らしだしていきたいところです。
今週のキーワード
マントラの朗唱