ふたご座
玉ねぎと砂肝
不思議部位の喩え
今週のふたご座は、『八月やわが砂肝のよわらかむ』(田中裕明)という句のごとし。あるいは、何でもないようなことほど重く、逆に重たいことは軽く扱っていくような星回り。
「よわからむ(よわいのだろうか)」などと言われると、ずいぶん精神的に追い込まれている時に詠まれた句なのだろうかと思ってしまいますが、何度か読んでいると、どうもそういう訳でもないような気がしてきます。
焼き鳥屋で出てくる「砂肝」の、あのこりこりサクサクと旨い感じが自分の身のうちにあったとすれば、それは肝っ玉の小ささだとか、肝臓や腎臓などの臓器の不全や重大な不調を、少なくとも深刻に訴えるようなものではなかったのではないでしょうか。
実際、鶏の砂肝というのは人間の胃袋に近い部位ではあるものの、鶏は歯がないですから、砂や石などと一緒に飲み込んだ穀物をすり潰して消化を助けるための不思議部位で、そう考えると、「ちょっと食欲が落ちたなあ」というくらいの軽い呟きとも取れます。
ただ、作者は白血病を発症しており掲句も発症後の句ですから、この砂肝という比喩も、「こうしてまた痩せてしまうと、鶏ガラのような姿で周りを心配させてしまうな」といった素直に語れない本音の部分を、ある種のユーモアでくるんだ結果出てきたものなのかも知れません。
8月13日にふたご座から数えて「組織性」を意味する6番目のさそり座で上弦の月(行動の危機)を迎えていく今週のあなたもまた、人は自分ひとりだけで生きているのでは決してないがゆえに、時にこうしたユーモアや配慮のようなものも必要となっていくはず。
ひとりでは泣くにも泣けない
ノーベル賞作家でもあるギュンター・グラスの長編小説『ブリキの太鼓』では、戦中から敗戦後にかけてのドイツ社会解体の混乱が、緻密かつぶざまに、ときにグロテスクなユーモアをまじえて描写されているのですが、その中にライン河畔の市にある「玉ねぎ地下酒場」の場面があります。
酒場ならばビールやワインが飲めるばかりでなく、ちょっとした料理が食べられるのが普通ですが、ここではそういうものは一切出ません。客のまえには、まな板と包丁が並べられ、そこに生の玉ねぎが配られるのみ。つまり、このまな板の上で各自めいめいが玉ねぎの皮をむき、好きなように切り刻んで、それをご馳走にしろという、なんとも人を食ったシステムなのです。
ただ、こうしたバカバカしいことをするために、わざわざ料金を払ってやってくる客がいるのも事実。どういうことかと言うと、玉ねぎを切れば客の目には涙が流れる訳ですが、それがミソになっていると。
その汁がなにを果たしてくれたのか?それは、この世界と世界の悲しみが果たさなかったことを果たした。すなわち、人間のつぶらな涙を誘い出したのだ。
今週のふたご座もまた、自分ひとりだけでは難しいことに誰かや何かの力を借りて取り組んでみるといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
あなたが心の平穏を取り戻すためにどれだけの手助けが必要なのか