ふたご座
無用の用
(長い沈黙)
今週のふたご座は、戯曲『紙風船』の夫婦の会話のごとし。あるいは、有意義な無意味をポーンと日常に放っていくような星回り。
日本の近代戯曲の父と呼ばれる岸田國士が、1925年に発表した『紙風船』という作品では、ある結婚1年後の平凡な夫婦が、ありふれた日曜日を過ごしている光景を描いている。
特に予定もなく、さりとて2人でしたいことも思い浮かばないふたりは退屈をこじらせていくのだが、それは夫婦のかわす他愛もない会話の応酬を通じて、これ以上ないほど端的に表されている。終盤も、こんな感じだ。
妻 あなたは、あんまり、あたしを甘やかし過ぎるのよ。
(編物をし始める)
夫 さうでもあるまい。
妻 いゝえ、さうなのよ。 夫 むづかしいもんだな。
妻 よそのうちを御覧なさいよ。
夫 見てるよ。 妻 あの通りになさいよ。
夫 出来ないよ。 妻 女はつけ上るものよ。 夫 知つてるよ。
妻 そいぢやいゝわ。
(長い沈黙)
夫 おれたちは、これで、うまく行つてる方ぢやないかなあ。
妻 もう少しつていふ処ね。
夫 金かい。 妻 さうぢやないのよ。
(長い沈黙)
夫 犬でも飼はうか。
妻 小鳥の方がよかない。
この後、長い沈黙をへて、ふたりはそろって欠伸をする。
むろんそれで何が起きる訳でもなし。だが、それがいい。
5月8日にふたご座から数えて「調整」を意味する12番目のおうし座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな「ありふれた日曜日」を満喫するつもりで過ごしてみるといいだろう。
永山則夫の「弱弱しい記述」
かつて男性4人を射殺した罪で逮捕された死刑囚の永山則夫は、事件から3年後の公判途中に出版した手記『無知の涙』の冒頭で、こう述べました。
私は四人の人々を殺して勾留されている一人の囚人である。殺しの事は忘却できないであろう一生涯。しかし、このノートに書く内容は、なるべくそれに触れたく無い。何故かと言えば、それを思い出すと、このノートは不要に成るから……
永山は被害者については一切記述しませんでしたし、どうして自分が人を殺したのかということについても、ただただ貧困と断言し、そうした貧困を無くすための「革命」を長々と訴えていくのでした。
しかし、そうした長大かつ尊大な主張よりも、みずからの殺人を思い出すと、このノートが書けなくなってしまうという弱弱しい記述の方が、よほど雄弁になにかを物語っているように感じる人は少なくないのではないでしょうか。
その意味で、今週のふたご座もまた、そんな「弱弱しい記述」を通して、自身の実存の手触りをとらえなおしてみるといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
小鳥の方がよかない。