ふたご座
野蛮的知性ということ
ふたたび目を開ける
今週のふたご座は、「光を求めること」をもっと!あるいは、身近な存在についての見方を改めたり、評価し直していこうとするような星回り。
植物学の第一人者であるステファノ・マンクーゾは、光合成によってエネルギーを補給する植物にとって最も重要な能力である、屈光性(光源の方向に向かって植物が成長していく性質)ないし避陰反応(日陰からの逃走現象)について次のように述べています。
いわゆる「避陰反応」現象は、肉眼ではっきり確認できるため、古代ギリシア時代にすでによく知られていた。とはいえ、数千年前から当たり前の現象と見られていたとしても、植物のこの行動が示している真の意味は、ずっと無視されてきた。あるいは過小評価されたままだった。何が言いたいかおわかりだろうか?「避陰反応」は、知性の表れ以外の何ものでもないということだ。植物はリスクを計算し、利益を予想している。それこそまさに知性だ。これは植物を偏見のない目で観察してさえいれば、とっくの昔に明らかになっていたはずの事実である。(『植物は<知性>を持っている―20の感覚で思考する生命システム―』)
光をとりこみ、利用し、その質と量の微妙な変化を識別する植物の能力は、たしかに紛れもなく非常に高い知能がなせる業であり、植物のこうした知能は視覚にも喩えられるのですが、マンクーゾによれば彼らは四季の移り変わりに応じて視覚の使い方も変化させていくそうで、「冬のあいだ、成長周期を遅くし、『目を閉じ』、眠りつづける。春になるとまた正常に機能しはじめ、芽を出し、ふたたび葉をつけ、『ふたたび目を開ける』」のだそうです。
しかも人間の場合は、目は顔の特定の部位に限定されますが、植物の光の受容体は葉っぱだけでなく、茎の若い部分や先端、ひげ、芽、木の枝や幹、根などにもあり、いわば「小さな無数の目で全身を覆われているようなもの」なのだそう。植物がそれほどまで物質(からだ)を適応させて感受しようとしている光を、私たちはふだんどこまで意識的に求めているでしょうか。
4月24日にふたご座から数えて「自分ツッコミ」を意味する6番目のさそり座で満月を迎えていく今週のあなたもまた、できるだけ彼ら植物を見習って、「光」を求めることを日々の暮らしの中で意識してみるべし。
自分なりの「野蛮」を育てる
ひとりの人間の中には、経験や教育を通して洗練され磨き上げられた文化的側面と、生まれたてのまま半ば放置されてきた野蛮な側面とがさまざまなレベルで絡みあいつつ、なんとか共存しています。
そして当然、両者の側面それぞれがその都度おのずから抱く欲求や衝動を満たそうとしていく訳ですが、そのうちのどこに焦点を当てて、自分なりに育んでいけるかで人生は上昇したり下降したり、あるいは進化したり退化したりしていくのではないでしょうか。
そういう前提の上で、今あなたは人生の大切な岐路に立っているのだと言えます。すなわち、人が何を言おうが思おうが、親や上司の教えに反しようが、今は自分なりの「野蛮」を、みずからの感覚を通じて、しっかりと再確認する時なのです。
そのためにも、今週のふたご座は、先の植物たちのように、できる限り純粋でシンプルな喜びや楽しみに立ち返ってみるといいでしょう。
ふたご座の今週のキーワード
木星のふたご座入りを1カ月後に控えての準備運動