ふたご座
「近しさ」の直感
最も親密に“その中”にいるもの
今週のふたご座は、空気のような存在への気付き。あるいは、自分がすでに浸っている周囲の存在の輪郭が鮮やかによみがえってくるような星回り。
「空気」という言葉は、現代の日本社会においては、そこにいてもいなくても変わらない、「何もない」ことを言い表すネガティブな表現として使われています。しかし、人類学者のデイヴィット・エイブラムは、それは空気から「幻影や目に見えない力」が追い払われ、「霊魂的奥行き」が取り除かれてしまった結果に過ぎないのだと指摘しています。
現代人の文明化された精神は依然として、身体や自然からみずからを切り離そうとする諸力の働きに慣れ親しみ、自分は自律的で、独立した存在であると思い込もうとしていますが、新鮮な空気に浸ることで何らかの力づけを得られるという体感をへるごとに、私たちは真にこの世界の一部であることを思い出すことができるのではないでしょうか。
この呼吸する風景はもはや、それを背景として人間の歴史が展開するような活気のないものではなく、自分の活動が参与する効力のある知性の領域なのである。自己言及の王国が崩壊し始めると、そして私たちが空気に目覚め、生成の深みにおいて私たちと関わっている多様な他者に気付き始めると、私たちの周りのすがたかたちが目覚め、生き生きとしてくるようだ……。(『感応の呪文』、第七章「空気の忘却と想起」)
逆に言えば、私たちは自分を取り巻く空気を、空っぽの何もない空間として経験している限りにおいて、自分たちを支えている他の動植物や天地との相互依存関係を否定したり、抑圧したりしてしまうのだとも言えます。
6月11日にふたご座から数えて「相互貫入」を意味する8番目のやぎ座へ「死と再生」を司る冥王星が戻っていく今週のあなたもまた、まずは新たなサイクルの出来る限り新鮮な空気を吸い込むところから、世界を拡げるための試みを始めてみるといいでしょう。
若き日のエマソンが抱いた「あやしい共感」
妻の死に直面し、29歳で牧師の職を辞したエマソンは、迷いと衰弱の中で今後の人生の目標を探すようにヨーロッパ行きの旅に出ました。のちにアメリカの知的文化を先導する思想家となるエマソンも、当時はキリスト教の伝統的な考え方にも馴染めず、かといってそれに代わる心の拠り所がある訳でもない、何者でもない若者に過ぎませんでした。
そんなエマソンに転機が訪れたのが、パリ植物園の博物誌展示室に足を運んだときでした。何気なく陳列されていたサソリの剥製を見ていると、不意にサソリと人間とのあいだの不可思議な関係に気付かされ、“精神の高揚”つまりある種の神秘体験が起きたのです。そのことについて、エマソンは日記に次のように書いています。
あのサソリと人間のあいだにさえ、不可思議な関係が存在するのだ。私は内部に、ムカデを、南米産のワニを、鯉を、ワシを、キツネを感ずる。私はあやしい共感に動かされる。「自分は博物学者(ナチュラリスト)になろう」と
博物学者という訳語は、単に「生命を愛でる人」と置き換えてもいいかも知れません。彼はこの時、宇宙と直接関係を持って生きていこうと決意したのです。同様に、今週のふたご座もまた、世間一般が押し付けてくる常識やロジックよりも、エマソンが抱いたような「共感」や「近しさ」にこそ従っていくべし。
ふたご座の今週のキーワード
ナチュラリストになろう