やぎ座
かんなの喩え
強引に事を進めるのでなく
今週のやぎ座は、大工における「かんなとのつきあい」のごとし。あるいは、結果的に自分が年季を入れてしまっているものについて、思い当たっていくような星回り。
かつて批評家の小林秀雄と小説家の永井龍男の「芸について」という対談のなかで、大工とかんなの関係性をめぐって、今のサラリーマン社会では大工における「かんなとのつきあい」のような長いつきあいがなくなってしまったね、というようなことを言っていました(『小林秀雄対話集 直観を磨くもの』)。
いわく、サラリーマンの世界では、頭で計算して、計画を立てて、そのとおりやれば、それですむ。ところがクラフトマン(職人)の世界では、いくら頭で考えたり口先で何かを言っていても、かんなの方がウンと言わなければ、事ははこばない。そういうものを動かすには、やはり年季を入れていかないといけないのだ、と。
小林 だから、まあ言ってみれば、かんなとのつきあい、長いつきあいというものが、どうしても要るんだな。まるで女房とのつきあいみたいなものが、出来上がらなければならないのではないかな。女房はおれの計画どおり動くわけじゃないが、だけど動いてくれるでしょう、あきれるほど上手に動くかも知れない、つきあいによって。大工の名人が、仕事をしたのが、自分かかんなか知っているわけがない。いい職人さんというものは、みんな自分の仕事に驚いているものなんだ、きっと。
永井 かんなに従うために、年季を入れなければならないという訳ですからね。
この下りなどは、思わず膝を打つようなことがさらりと語られているように感じます。そしてきっと、「いい職人はみな自分の仕事に驚いている」というのは、表現の世界において言葉と付き合い続けてきた2人にも通底していたのではないでしょうか。
7月10日にやぎ座から数えて「活動基盤」を意味する4番目のおひつじ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、自分にとっての「かんな」とは何なのだろうかと改めて胸に問うてみるといいかも知れません。
何かが起こりそうな気配を捉える
現代社会に暮らす私たちは、同じようなことばかり起こる日常の連続をごくごく平凡なことだとか、代わり映えしない退屈なことと思いすぎる傾向があります。そこで、何か劇的な変化を求めてついつい変わったことをして有名になろうとしたり、海外旅行へ行ったり、出会いを求めたり、家を変えようとしたりする。
けれど、何かが起こりそうな気配の発生してくる震源地というのは、非日常ではなく、むしろ日常の中に埋没して在るものです。いつだって一見何も起こらない“閑静な”シーンにこそ、意識を向けるべき対象は潜んでいる。
例えば、「あの三流の付き人を演じているのは、一流の役者かも知れない」といった、「ひょっとしたら」の感覚。それが幾度か重なり、「まさか」の渦となって高揚し始めてきたとき、現実はあっけなくひっくり返り、スッとかすかな消息を残してどこかへ消えてしまったりする。それは先に身体が気付いていたことに、意識が追いつくということでもありますし、「かんな」があきれるほど上手に動いてくれる時というのも、そんな瞬間なのではないでしょうか。
今週のやぎ座もまた、そうした地殻変動のごとき動きを身体的にだけでなく意識的にもなぞっていくことになるでしょう。
やぎ座の今週のキーワード
一見何も起こらない‟閑静な”シーンに心身を向けていくこと