やぎ座
あそびと原点
AR/VRの先駆け
今週のやぎ座は、『山又山山桜又山桜』(阿波野青畝)という句のごとし。あるいは、自分なりの原風景を描き出していこうとするような星回り。
前書きには「南紀遊旅」とあり、熊野あたりで詠まれたものでしょう。どことなく「山本山」みたいな句ですが、声に出して繰り返し読んでいると「山」が「山桜」へと展開していくリフレインの巧みさに気付かされます。
また、言葉遊びの句でありながら軽薄な感じに陥っていないのは、その大らかな韻律に裏打ちされつつも、すべて象形文字である漢字で表記されることで、次第に一句全体が実際の生命をもった風景として蠢(うごめ)き出していくからではないでしょうか。
その意味で、掲句は言葉の響きと、文字の視覚情報の相乗効果によって、日本人なら誰もが抱いている理想の原風景を幻視体験させてくれる、AR/VRの先駆け的な作品のひとつなのだとも言えるわけで、こうした単なる「景色の説明」を超えた働きを読み手の心にもたらすことができるがゆえに、俳句や和歌はひとつの芸術たりえるのだと思います。
3月21日に春分、そして22日にやぎ座から数えて「原点」を意味する4番目の星座であるおひつじ座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、心がおのずから蠢き出すような配置にみずからを置いていきたいところです。
はかない戯れ
以前、鎌倉文学館を訪れた際に「人生もまた一輪の花のようにはかないものであるならば、友よ、砂の上にぼくらの家を建てて、遊ぼう」といった1文を目にした記憶があります。
砂場で遊んでいる世代の子どもならば、むろんそんなことをいちいち言語化して考えたり、会話することはありませんが、幼い頃なんとなくその場に居合わせた子どもらで実際に砂場や砂浜で大きなヤマをつくったり、トンネルを掘ったり、そこから向こう側をのぞいていると、存在するもののはかなさと、それゆえの美しさのようなものが自然と共有された瞬間が確かにありました。その意味で、掲句のような芸術のもたらすAR/VR体験の原点というのも、おそらくそうした子どものころの遊びにあるのではないでしょうか。
そう考えると、ときどき大人が子どもみたいなことをしたくなるのも、もっともなことなのかもしれません。後先のことなど変に考える必要はないのです、俳句も遊びであり、衣食住も、神事も遊び。それがわずかでも希望をもたらす限り、それがどんな営みであれ、あなたには追求していく権利があるのだということ。心がざわざわする気配を察しつつ、今週はこの世で思う存分、遊んでいきましょう。
やぎ座の今週のキーワード
ないはずのものが共有された瞬間