やぎ座
自己愛という炎の前で
焚火の守り人は誰?
今週のやぎ座は、『焚火かなし消えんとすれば育てられ』(高浜虚子)という句のごとし。あるいは、なかなか抜けきれないモヤモヤの正体を見極めていこうとするような星回り。
作者が64歳の頃の句。落葉がなくなったり、枝がくすぶったりして、焚火の火が消えそうになる。すると、焚火を見まもっている人が、落葉を足したり、枝をつついて火が絶えないように動き出す。静かにそのまま燃え尽きさせてもらえない焚火の在りようを「かなし」と捉えたことで、自然と連想が広がっていく。
SNS上での炎上騒ぎが、消えかけてはまた新たな火種が見つけられてきては再燃することへの疲労感とつのる虚しさ。老いを迎えて有終の美を飾ろうとも、いつまでも生きることに必死で向きあわねばならぬ世知辛さ。他人事であれ自分事であれ、幾つになってもなかなか思い通りにいかないままならなさ。
そうした内に抱えざるを得ない無数のモヤモヤが、ここでは「消えんとすれば育てられ」という目の前の光景へと重ねられているのでしょう。だとすれば、掲句もたまたま通りがかったところで見かけた光景という訳ではなく、焚火の守り人というのも案外自分自身なのかも知れません。
16日にやぎ座から数えて「しがらみ」を意味する8番目のしし座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、いつの間にか関わらざるを得なくなっていた面倒の経緯や“そもそも”について改めてひも解いてみるといいでしょう。
自己愛をほどいていく
例えば『愛という病』というエッセイ集の中で、著者の中村うさぎは「女性とは何か?」が分からないのだと言いつつも、次のように綴ってみせます。
「女の病」とは、畢竟、ナルシシズムの病なのである。女のナルシシズムは、他者の愛によってしか満たされない。それは女が自分を「他者の欲望の対象」として捉える生き物だからである。女は他者の欲望を求めることによって自己を確立し、同時に、他者を無化するモンスターなのだ。
思わず血しぶきが見えるような文章ですが、実際、中村はダメ男にハマってしまう女、腐女子、女を出すことに恥を覚える女など、多くの女たちを観察し、その度に、なぜ女は「愛し愛される事」に固執するのか?他のすべてに充足していても「愛し愛される相手がいない」という一点の欠落だけで自分を価値のない存在のように感じてしまうのは何故なのか?と問いを繰り返していきます。
そして、不意に「これさえ解ければ、女たちは今よりずっとラクに生きられるような気がするのだ」などと本音をこぼす訳ですが、ジェンダーレスが叫ばれ、社会的な意味で「女」というものが曖昧になりつつある昨今だからこそ、彼女の試みはますます重要になっているように思います(もちろん男性だって、今まで女性たちが苦しんできた「生きづらさ」に、これから苦しみ始めるかも知れない)。
今週のやぎ座もまた、中村のような過激さを伴なうかはともかく、自分への愛というもつれた糸を、他ならぬ自分自身の手でほどいてみるべし。
やぎ座の今週のキーワード
「愛されたい」と「愛したい」とのせめぎあい