やぎ座
時間芸術の制作をめぐって
生きた実感を刻んでいく
今週のやぎ座の星回りは、ほかの誰かの記憶の追体験のごとし。あるいは、人の記憶なのに「それ知ってる!」となっていくこと。
翻訳家で近年はエッセイストとしても知られる岸本佐知子のエッセイ集『死ぬまでに行きたい海』には、過去をさかのぼって古くからの思い出や思い入れのある場所を訪れては、記憶していた何かがすでに失われてしまったという体験が繰り返されていきます。
例えば、笙野頼子の『タイムスリップ・コンビナート』を読んで以来、想像し続けてきたJR鶴見線の海の見える駅である「海芝浦駅」を実際に訪れた際の顛末について、彼女は次のように書いてます。
かくして二十年来の夢はかなった。海芝浦は予想通りに面白いところだった。私は満ち足りた。
だがしばらくするうちに、妙なことに気がついた。もう行ったはずの海芝浦に、なぜか私はまだ行けていないのだった。二十年来の空想の海芝浦はあいかわらず私の脳内にあって、膨らみつづけていた。
こうした体験はそう珍しいことではありません。人は誰しもほかの誰かの記憶をコピーして、いつの間にか自分の記憶と混同してしまいますが、実際にそのオリジナルを自分で体験することを通して、「記憶」にあるものの喪失を目の当たりにし、失われたものに想いを馳せることで、生きた実感を刻んでいくことができるのです。
5月4日にやぎ座から数えて「腑に落ちる感覚」を意味する2番目のみずがめ座で下弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな旅の醍醐味を我が事として体験していくことができるかも知れません。
「生きることは「出会うこと」」
寺山修司はこの言葉に続けて、さらに次のように書きました。
旅をしてみる、新しい歌を覚えてみる、ちょっと風変わりなドレスを着てみる、気に入った男にキスしてみる、失恋もしてみる、詩も書いてみる―一つ一つを大げさに考えすぎず、しかし一つ一つを粗末にしすぎないことです
おそらくそれらの過程で、人は誰かの投影を裏切っていくでしょうし、また裏切られてもいくでしょう。そして、そうすることで初めて人生という旅路を自分の足でたどっていくことができる。それが、人と人とが「出会うこと」であり、喪失を書き記し続けるなかで自分独自の時間性を作っていくということではないのでしょうか。
今週のやぎ座もまた、そんな風に過去と現在が交差する地点にきちんと地に足つけていきたいところです。
今週のキーワード
綾を織りなす