かに座
再起動とのそのきっかけ
記憶の中の百日紅
今週のかに座は、『日の暑さ死臭に満てる百日紅』(原民喜)という句のごとし。あるいは、ひとつの感覚的な小宇宙を形成していこうとするような星回り。
小説『夏の花』で知られる作者は、8月6日に広島の自宅で被爆しています。幸いにも、その瞬間は便所に入っていたため直撃はせず、自身は軽い怪我ですんだものの、まもなく原爆被災の地獄絵を目の当たりにしていったのです。彼が40歳のときのことでした。
掲句は「原子爆弾三句」と前書きが付けられたものの一句目。瀕死の負傷者も含めて人がごった返していた避難所では、絶えず死者も出ていたはず。そんな中、ふと日盛りの中で燃えるように立っている「百日紅(さるすべり)」が目に入ったのでしょう。
そして、暑さが増せば増すほど、淡紅色の花がより色鮮やかになっていくにつれ、死者の臭いもまた充満していくように感じられたのかも知れません。気付けば、夏空によく似合う満開の百日紅に対して、悲しみとも怖れとも言い難い複雑な感情が胸から止めどなくあふれ出してきた様子がありありと浮かんできます。
暑さという体感に、とうてい無視することのできない鼻をつく臭い、そして視覚のピンクが立体的に合わさって、瞬間的にひとつの小宇宙が凝縮されてしまったようにも感じられますし、おそらく作者は百日紅の木を見るたびにこの時の経験を幾度も幾度も思い出したのではないでしょうか。
8月5日にかに座から数えて「複合」を意味する3番目のおとめ座に金星が入ってゆく今週のあなたもまた、どうか自身の感覚を研ぎ澄ましていくなかで、外と内とが溶けあっていく瞬間を捉えていきたいところです。
モネと失明
20世紀を代表するフランス印象派の画家で、『睡蓮』などの代表作で知られたモネは、その最晩年に、白内障になって、ほとんど眼が見えなくなったそうです。
ところが、眼が不自由になってからの彼の作品は凄まじく、それは苦悩に満ちているというより、むしろ歓喜に満ちた画面が表出していったのです。
色とりどりの色彩が視神経に直接入り込んでくるかのような『バラの小径』もその頃の作で、これは眼を失ったモネが、写るかすかな光のその奥に突進するように、無我夢中にキャンバスに向かっていった姿勢がそのまま出ている作品です。
こうした絵の前に立つと、直接モネの感情がこちらの感情を刺激し、魂に振動を呼び起こすように感じられるのですが、これはモネは失明したことでそれまでとは異なる小宇宙を得たということもでもあるのでしょう。今週のかに座もまた、そうした「魂の再起動」を促すようなきっかけを得ていくことができるかも知れません。
かに座の今週のキーワード
青空に映える色鮮やかなピンク