かに座
その時に備えて
道の先へと向かわせるもの
今週のかに座は、『老兵が草笛捨てて歩き出す』(竹岡一郎)という句のごとし。あるいは、やり残してきたことを、今こそ成し遂げんと動いていこうとするような星回り。
2015年刊行の句集に収録された一句。行軍について行けずに野にひとり取り残された老いた兵士がいたのだという。
軍服は土埃と汗で汚れ、着崩れてクタクタになっている。動けなくなったのか、動かなかったのか。いずれにせよ、たわむれに吹いた草笛が何か幼い頃のしあわせを思い出させたのだろう。
老兵はなにかを決意して立ち上がる。彼を道のさきへと向かわせるのは、はたして絶望だろうか、それとも希望だろうか。そして、この句は物語の終わりなのか、それとも新たな始まりなのか。
戦士と老人はほんらい矛盾する元型的イメージだが、ここではそれがあえてかたまたまか、渾然一体になったまま置かれ、さらに草笛という少年性を得て、どこかへ立ち去っていく。どこで何をするにせよ、そこで老兵は、きっと自分がやり残したことをするはずだ。
5月8日にかに座から数えて「もののはずみ」を意味する11番目のおうし座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、そんな「老兵」に自分がなったつもりで過ごしてみるべし。
滅びの美学
仏教には観想というイメージトレーニングの瞑想修行の伝統があり、その中に人体が死後に膨張し、腐乱して蛆がたかり、野良犬やカラスに食い荒らされて、やがて白骨となるまでのプロセスを9段階に分けて観想することで、煩悩を防ぐというものがあります。
朽ちてゆく亡骸には、凄惨でありながらもどこか人を魅了する美しさがありますが、それは見る者がそうした死のプロセスに、自然へ還り万物循環をめぐらしていく上での、滅びの美学を重ねるからでしょう。
老人がとうに吹き方など忘れていたはずの草笛を吹いて、童心を取り戻していくことも、そうした万物循環の中での1フェーズであり、彼はそうすることで初めて、ほどなくみずからに訪れるであろう死を受け入れることができたのかも知れません。
今週のかに座もまた、もしそういう時を迎えた際に、自身の亡骸が不完全燃焼することなくよく燃えるように、悔いなく、今を完全燃焼させていくことを、改めて意識してみるといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
循環していく私たち