かに座
酔狂の再燃
胎児の迫真の無言劇
今週のかに座は、胎児の顔貌にただようもののごとし。あるいは、内なる野性をみずからの顔つきや表情を通して、呼び出していこうとするような星回り。
解剖学者の三木成夫は、『胎児の世界―人類の生命記憶―』のなかで、「胎児は、受胎の日から指折り数えて30日を過ぎてから僅か1週間で、あの1億年を費やした脊椎動物の上陸誌を夢のごとく再現する」のだ、と熱っぽく述べます。続けて、受胎32日では、鰓(えら)があり眼が左右についているフカの顔です。それを見て三木は、「フカだ!思わず息をのむ。やっぱりフカだ…」と漏らしている。
三六日の顔がこちらに向いたとき、しかし、わたくしの心臓は一瞬とまった。爬虫類の顔がそこにある。あの古代爬虫類「ハッテリア」の顔ではないか。三八日の顔がこちらを向いたとき、わたくしは、何か凝然となる。獅子頭の巨大な鼻づらが、いきなり、ヌーッと目の前に迫ってくる。それはもう毛だものの顔だ。はやもう哺乳類の顔になっていたのだ…。
魚類から両生類ないし爬虫類、そして哺乳類へ。そう、胎児の顔貌にただようものとは、まぎれもなくヒトにいたるまでの進化をなぞったさまざまな生物たちのおもかげであり、この期間にあらわれるほとんど名状しがたい胎児の顔かたちの変化について、三木は「読者は、どうかこの迫真の無言劇を目をそらさないでご覧になってほしい」と書いています。
9月23日にかに座から数えて「生の基盤」を意味する4番目のてんびん座への太陽入り(秋分)を迎えていく今週のあなたもまた、ヒトとしての顔つきの深層に沈んでいる魚類や両性類、爬虫類や哺乳類のおもかげがおのずと浮上していきやすいでしょう。
「自然体」というハードル
「整体」という言葉が普及するきっかけをつくった野口晴哉は、自然に生きるとは何も獣のように山野を駆け回ることにあるのではなく、「白い飯を赤き血にして、黄色き糞にしていく」そのはたらきにこそあると言います。
生の食べ物を食べても、生水を飲んでも、海で泳いでも、森の中に入ってもそれが自然なのではない。人間という集合動物が街をつくり、その中に住んでいたって決して不自然ではないのだ。ただその生活のうちに生の要求をハッキリ活かすよう生くることが、生くる自然であることだけはハッキリしておかなければならない(『月刊全生』)
先のような「性」の文脈に限った話ではなく、身の内にある“よりよく生きる要求”すなわち自然の言うことを、きちんと聞いていくこと。それこそが「自然体」ということの本来の意味であり、自然を見失った文明人となってしまった私たちにとって、もっとも高いハードルなのかもしれません。
今週のかに座は、まずはそのハードルの高さを思い知るところから始めていきましょう。
かに座の今週のキーワード
脱・メディア脳