かに座
ここ掘れワンワン
すっぽり入る穴を掘る
今週のかに座は、「何もすることがないので穴を掘ることにした」という書き出しのごとし。あるいは、不可解な衝動に突き動かされていくような星回り。
谷川俊太郎が幼稚園児ぐらいの子供向けに書いたもので、「にちようびのあさ、なにもすることがなかったので、あなをほりはじめた」から始まる話がありました。話自体は、ある子どもが穴を掘って、なんとなく途中で掘りやめて、穴の中でボサーっとして、最後に穴を埋めちゃうっていう、それだけの話です。
もしかしたら、もう少し大きくなったら話の筋は変わるかもしれないし、それこそ何人か同じことをし始めれば、それぞれごとに異なる話になっていくでしょう。けれど、書き出しの一行は、いつの時代の誰であっても、こうでなければいけないと感じさせるほど普遍的なんです。
「穴があったら入りたい」とも言いますが、人間、生きていれば、どこかに身を隠してしまいたいという気持ちに突き動かされる時期がある。それはまず10代の思春期から20代前半くらいまでの頃がそうですし、そこで飛び出していって無茶をしたり遍歴したりできなかった人などは、次に40代に入る前後、中年期に差し掛かる手前あたりでふっと穴を掘りたくなる。
それは物理的な穴であっても、抽象的な“ここではないどこか”であってもいいんですが、それで不倫に狂ってしまう人もいれば、骨董品にこり始めたり、バイクの免許をとって日本を一周しに行ってしまったりする。そういうのは説明できない心情で、とにかく絶対にそうしたい、と思うようになるのが特徴です。その意味で、2月1日にかに座から数えて「偶然への開け」を意味する8番目のみずがめ座で新月を迎えていく今週のあなたもまた、自分の身がすっぽり入るくらいの穴を掘りだしてしまうかもしれません。
『収容所のプルースト』より
ソ連の強制収容所において、ポーランド人チャプスキによって密かに講義され、後日持ち出された講義ノートがまとめられたプルーストの『失われた時を求めて』論があります。
プルーストは革新的な形式を通じて、ひとつの思想の世界を伝えています。それは読者の思考能力と感受性のすべてを目覚めさせながら、価値観をまるごと刷新することを求めてくるような、人生に関するひとつのビジョンなのです。
チャプスキは『失われた時を求めて』についてこう結論付けるのですが、それはどのような意味においてなのか。
『失われた時』の重要なテーマについて触れなければなりません。それは肉体の愛の問題です。プルーストはこの最も隠された秘密の側面を研究しています。どんな変態や倒錯も、美化することも卑下することもなく、分析家としての冷静さを保って調べあげるのです。(中略)プルーストはすでにこの時点で、人間の魂の最も密やかで、多くの人が知らずにおきたいと願う領域に、その分析のランプの光を投射していたのです。
注意深い読者ならば、もしかしたら「穴を掘る」とはそういうことなのかもしれないという結びつきを感じているはず。今のあなたにとって「穴を掘る」とはどういうことを指すのか。今週はなんとなくそんなことを頭の隅に置きながら過ごしてみるといいでしょう。
かに座の今週のキーワード
魂を取り戻すための試み