かに座
ささやかながら
食味の心得
今週のかに座は、ブリア=サヴァランの『美味礼賛』のごとし。あるいは、おいしいものを食べるのだ。
美食や食通というと、ステロイドを打って戦うプロレスラーのごとく、つい糖尿病や短命のイメージがついてまわりますが、18世紀に生まれフランス料理を食べ尽くし、『美味礼賛』という食味文学の白眉を残したブリア=サヴァランは70歳を超えて生きた当時にしては長寿の人で、これは食味文学の傑作が書かれるには、料理そのものにも長い歴史が必要なのと同様、長生きをしなければならないということを暗に示しています。
そして、『味覚の生理学』という原題をもち、当時の科学知識を縦横に活用しつつも、どんな読者にもわかりやすい簡潔な名文で書かれた『美味礼賛』には、そうした真の食通となるための食味の心得が書かれています。
「グルマンディーズ(美食愛)とは、特に味覚を喜ばすものを情熱的に理知的にまた常習的に愛する心である。グルマンディーズは暴飲暴食の敵である。食べすぎをしたり、酔いつぶれたりする人はすべて、グルマン(美食家)の名簿から締め出される。グルマンディーズの中にはフリアンディーズ(あまいもの好き)も含まれる。フリアンディーズとは、けっきょく、軽くて上品な少量の御馳走、ジャムやお菓子などを好くことに他ならない。それは婦人たちや彼女らに似た男たちのために許されたグルマンディーズの変種である。どういう角度から見ても、グルマンディーズというものは賞賛と奨励とに値する。」
20日にかに座から数えて「堪能」を意味する2番目のしし座で上弦の月を迎えていく今週のあなたもまた、そんなグルマンディーズを宿して肉体的、そして精神的な健康に邁進していくべし。
「死ぬときは箸置くやうに草の花」(小川軽舟)
食事を終え、その余韻を味わいながら、何気なく箸を置くように最期のひと時を迎えていきたい。それは、多くの人が胸に秘めているささやかな願いのひとつではないでしょうか。
ただし、それは現実にはなかなかかなうことが難しいことでもあります。生の多くは、その途上で唐突に終わってしまうものだから。おそらくそれもまた自然の姿なのでしょう。だからこそ、大輪のバラを咲かせるような立派な最期をとまでは思わずとも、せめて道ばたや野原に咲く「草の花」のような充足を感じていきたい。
だからこそ、日々のどんなにささやかな食事であれ、これが最後の食事かもしれないと、おいしくいただいていくことが、いざという時のための支えになるはず。今週のかに座もまた、そんな風に自分が遂げていきたい‟ささやかな願い”を念頭に、日々の糧を噛みしめ、存分に堪能していくといいでしょう。
今週のキーワード
よく食べることはよく死ぬこと